Monday, March 10, 2014

津波は日本で多くの精神疾患者をもたらす【A18面(国際面)】

国際面で、東北大震災から3年を迎えたが、未だに精神疾患に悩む被害者が多数いることを伝えている。本当にやるせない記事だ。

「岩手県陸前高田市では2011年3月の東日本大震災で起きた津波で市民の10人に1人が亡くなった。岡本啓子さん(50)は肉親とともに生き延びた。」
「経理の仕事に就き、今は住まいもある岡本さんだが、多くの市民と同様に絶望感と不安感に苛(さいな)まれている。昨年の息子とのけんかをきっかけに絶望的になり自殺を考え始めたという。」
「家を流された岡本さんは現在、市内の親戚の家で暮らしている。津波で親友を亡くし、『夫や母には心配をかけてしまう』と悩みを相談できなかった。『発作的に絶望的になってしまうことがあった。でも頑張らなくては(多くを失った方たちに)申し訳ない』」と語った。」

岡本さんの例にある様に、被災地には、精神疾患に悩む人々が多数いる。この記事は、この問題について、3つの課題を挙げている。

第一に、東北人特有の我慢強さが、カウンセリングを拒んでしまうために、精神疾患を悪化させている点である。
「医療専門家によると、精神疾患につきまとう悪いイメージ加えて、地域とのつながりがなくなったことや、生き残ったことに対する罪悪感が、最も助けを必要としている人々の足を遠ざけてしまうことが多いという。」
地元の医師の鵜浦(うのうら)章さんは『震災から約1年半後に、ストレスによるとみられる腹痛や不眠、目まいの訴えを受けるようになった。』と言う。しかし忍耐強く、精神的な訴えを人にしゃべることを恥ずかしいとする風土がある陸前高田では、『カウンセリングを勧めている患者の約半数は拒む。』と話した。」


第二に、避難生活の厳しさが、精神疾患を悪化させている点である。
「震災から逃れた陸前高田市の市民約2万人の4分の1は今も仮設住宅で生活している。高齢者には不自由の多い古い家では生活しにくく、仮設住宅に戻った岡本さんの母親(78)もその1人だ。平均面積が約30平方メートルという狭い仮設住宅に住む人々は、プレハブ暮らしのストレス対処のために頼れる場所はほとんどないと話す。」
「津波で母親と52人の同僚を亡くした消防団員の菊池一男さん(54)は『壁が薄くて隣の人のいびきまで聞こえる。』と話した。仮設住宅の住人の多くは高齢で、食品や日用品の買い物は移動販売車に頼っている。菊池さんは主にコンビニの既製品を食べているという。」

第三に、行政の対応の悪さが、精神疾患を悪化させている点である。
「陸前高田市の2014年度(14年4月〜15年3月)予算は約1300億円。約18メートルに達した津波で中心部が壊滅的な被害を受けたため、同市は沿岸地区の300ヘクタールの標高を最大12メートル高くする計画を立てている」
「予算には、カウンセラーの雇用など精神面のケアの費用として約2600万円が計上されている。」
「同市の久保田崇・副市長は『適切な措置を講じている。』と述べた。市の職員たちは、これほどの大災害への対応は生涯にわたるもので、市ができることには限りがあると話す。」
「米国で臨床心理学博士を取得した佐藤文子さんは、市の努力は決して十分とは言えないとし、『被災者は出入りの激しいカウンセラーを相手に、自分の悲惨な体験を何度も話したがらない。』と述べた。佐藤さんは12年に市に採用されてから、仮設住宅で100人余りの患者の一部と共に暮らしている。」

行政の対応不足を指摘しながらも、行政に携わる人々もまた犠牲者であるという、やるせない現実にも目を向ける。
「職員の3分の1を津波で失った陸前高田市は、国内各地から派遣された公務員に大きく依存している。地元メディアによると、12年には、その中の1人の応援派遣技師が、復興にあまり貢献できなかったことをわびる遺書を残して自殺した。」

「津波で妻を亡くした戸羽太市長は『ほとんどの職員自身が被災者となっており、家族を亡くし自宅を流されている。多くの市民が悲しみち将来への不安、あるいは後悔が人々の心から離れない現状』と語った。」

東北人特有の粘り強さも、避難生活の厳しさも、行政の対応の悪さも、すぐに解決する課題では無い。精神疾患を克服するためには、厳しい様だが、被害者に、精神的な強さを持ってもらうしかないのだろうか?そんなメッセージで、記事は締めくくられている。

「2000人近くの小中学生を管轄する同市教育委員会の山田市雄教育長は『負の部分ばかりに目をやると絶望的になる。』と述べた。」


「同市の小中学生のうち171人が震災で片方の親、または両親を亡くした。山田教育長は『われわれは、生徒たちに悲しみを乗り越えるための強さと自信を持たせなければ。』と話した。」

何ともやるせなくなる記事である。