Friday, June 30, 2017

*** 6月のまとめ ***

6月にWSJに掲載された日本関係の記事は7件と、前月に続いて少なかった。しかも、7件のうち、現在の日本について記載した本当の意味での日本発の記事は、「201713月期のGDP」に関する記事1件だけだった。
残り6件のうち、5件は米国人関連記事(「米駆逐艦フィッツジェラルド号の衝突事故」と「米国人ワームビアさん解放」に関する記事。事件が発生したのが、たまたま日本もしくはその周辺だっただけで、実質的には米国関係の記事。)残り1件は「ミッドウェイ海戦」の回顧記事だった。

実は、5月も4件の掲載記事のうち、3件は実質的に広告記事で、現在の日本発の記事は、「201713月期のGDP」に関する記事1件だけ。2ヶ月連続して、日本の記事は、GDP関連だけという寂しい結果となった。
(なお、2017年の掲載数を月別に見ると、1月が12件、2月が15件、3月が11件、4月が7件、5月が4件、6月が7件。ここ3ヶ月ほど、一桁が続いている。)

6月は、12日上野動物園でパンダが生まれたり、26日に藤井4段が29連勝を達成したりと明るい話題があった一方で、22日には小林真央さんが亡くなられるという悲報もあった。小林麻央さん死去のニュースはBBCなど一部の海外メディアは伝えた様だが、WSJはいずれのニュースも取り上げなかった。

テーマ別では、経済関係が1件、社会関係が5件だった。
政治関係の記事がゼロというのは、安倍首相がきちんと仕事をしていないということか。

経済関係では、68日に内閣府が発表した201713月期のGDP改定値を取り上げ、「GDP5期連続プラス成長となり2006年以来の最長記録を更新」したこと、一方で「518日に発表された速報値には届かなかった」ことなどを報じた。

社会関係では、ミッドウェイ海戦75周年となる64日の前日の紙面に、ミッドウェイ海戦の勝敗を分けたのは、日米のリーダの差にあったとする専門家の意見を掲載した。
また、617日に起きた米駆逐艦フィッツジェラルド号衝突事故について、17日に速報、
19日に2件の続報、更に26日に1件の続報を掲載した。
613日に北朝鮮に拘束されていた米国人ワームビアさん(22歳)が解放された際には、日本人拉致事件を引き合いに出し、この事件について北朝鮮から誠意ある対応を期待するのは難しいとの記事を掲載した。


掲載箇所では、専門家投稿欄が1件、国際面が6件だった。

Tuesday, June 27, 2017

船長は米国船に警告したと述べた【A18面(国際面)】

米駆逐艦フィッツジェラルド号事件に関し、626日、コンテナ船の船長の証言が明らかになったが、WSJはこのニュースを翌27日の国際面で取り上げた。



コンテナ船の船長は「衝突前に、警笛や光の点滅で、米駆逐艦に警告を発した。」と証言しているが、米軍関係者は、この証言に疑問を呈していると報じている。

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今月、日本の近海で米国の駆逐艦に貨物船が衝突したが、その貨物船の船長が取り調べを受けた。取り調べ内容を直接知る関係者によれば、貨物船は、米国船がその進路を急に塞いだ時、米国船に対し緊急警告信号を送っていた。
617日の午前1時半頃、米国船フィッツジェラルド号は、フィリピン船籍ACXクリスタル号の前を左から横切った。この関係者によれば、ACXクリスタル号の船長は、その際に警笛を鳴らし、光を点滅させたと証言した。この証言は、米国の調査と異なる。
この関係者は、船長の証言を引き合いに出し、「クリスタル号は、衝突を避けるために右へ旋回したが、既に遅かった。」と述べた。
クリスタル号のロナルド・アドヴィンクラ船長の取調調書は、事故に関与した船員からの初めての証言だ。この事故で7人の米国人乗組員が死亡している。アドヴィンクラ氏からコメントを取ろうとしたが、接触出来なかった。
彼の証言記録からは、その時船長が船橋にいたと発言したかどうかは明確ではない。

この証言について、米軍関係者は、衝突の前に、2つの船の間で全く交信は無かったし、貨物船から衝突警報は無かったと述べた。貨物船は、駆逐艦に衝突する、少なくとも10分前までには、軍艦に対して信号を送ろうとしたという。貨物船の船長のこの証言に対して、米軍関係者は疑問を呈している。
この関係者は、クリスタル号船長からの証言には当惑していると述べた。追跡データによれば、貨物船は、その後30分は同様のコースを航海し、その後旋回し、衝突が発生した場所へと戻った。

Monday, June 19, 2017

2国間協定が衝突事故の捜査を複雑にしている【A7面(国際面)】

6月17日に発生した米海軍フィッツジェラルド号とコンテナ船が衝突した事故で、WSJは19日の国際面にこの事故の捜査権が日米いずれかにあるのかが、はっきりしていないとする記事を掲載した。



 この記事によれば、米軍の公務中起きた事故は、米日駐屯軍地位協定上、米軍に優先裁判権があり、この事故もそれに該当する可能性が高いとしている。

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米駆逐艦とコンテナ船の衝突事故について、米国と日本による2つの捜索が開始されたが、どちらが原因解明に向けて権限を持っているのかはっきりしていない。
捜索に黒雲を投げかけるのは、日本における米軍の地位に関する2ヶ国間協定だ。この協定では、公務の遂行における行為もしくは怠慢から生じた犯罪行為については、米国の司法権が及ぶ。
日本の元軍関係者によれば、土曜日に日本の伊豆半島沖で起きた米フィッツジェラルド号と日本郵船によってチャーターされたコンテナ船の間で衝突事故については、この規定が適用される。米国の関係者によれば、米国の7人の軍人の遺体がフィッツジェラルド号から発見された。
いかなる操作が行われようとも、米国の乗組員が、周りの船を見張る手順をきちんと守っていたかどうかが争点の一つとなる。もし、かれらが手順を守っていなければ、協定に定められた「公務の遂行における怠慢」とみなされ、日本の司法が及ばないタイプの違法行為となる。
米国第7艦隊司令官のジョセフ・オーコイン副提督は、捜索においては、米国は日本側のパートナーと手を携えて行動すると語った。
日本の海上保安庁の報道官は、米国側からの協力を要請し、今も議論が続いているが、結論は出ていないと語った。

日米による船舶衝突の惨事の調査が進行【A7面(国際面)】

6月17日に発生した米海軍フィッツジェラルド号とコンテナ船が衝突した事故で、米海軍は18日に死亡した7人の乗組員の名前を公表したが、WSJはこのニュースを19日の国際面で速報した。



今回の事故の原因はまだ分かっていないが、フィッツジェラルド号が航行ルールを守っていなかったという説や、コンテナ船が衝突寸前に方向を大きく変えたという説などがあるとしている。また、この地域が日本の中でも最も航行量の多い海域であること、米海軍が海上で衝突事故が起こすのは極めて珍しいことなども報じている。

***** 以下本文 *****
金曜日の夜、フィッツジェラルド号が、見張り番に航路をガイドさせながら、日本で最も混雑している航路を通過している時、乗組員の殆どは眠りについていた。
次の瞬間、コンテナを搭載した29,000トンの貨物船が、この駆逐艦の右側に衝突し、主要な設備があっという間に押しつぶされた。その中には、船長の客室や、水面下にある116名の船員のための寝室も含まれていた。大きな裂け目から大量の海水が勢いよく流れ込んだ。
船員たちは、自分たちをそして船を救うために、寝室の外へと急行したが、7名の船員が寝室から脱出出来なかった。彼らの遺体は、船が横須賀港に曳航されてから、発見された。
米海軍の日曜日の発表によれば、次の7名が犠牲者となった。
Gunner’s Mate Seaman Dakota Kyle Rigsby, 19, of Palmyra, Va.
Yeoman 3rd Class Shingo Alexander Douglass, 25, of San Diego, Calif.
Sonar Technician 3rd Class Ngoc T Truong Huynh, 25, of Oakville, Conn.
Gunner’s Mate 2nd Class Noe Hernandez, 26, of Weslaco, Texas
Fire Controlman 2nd Class Carlos Victor Ganzon Sibayan, 23, of Chula Vista, Calif.
Personnel Specialist 1st Class Xavier Alec Martin, 24, of Halethorpe, Md.
Fire Controlman 1st Class Gary Leo Rehm Jr., 37, of Elyria, Ohio
「水の流入量は物凄いものがあった。」と米国第7艦隊のジョセフオーコイン副司令官は記者会見で語った。「船員が対応する時間は殆どなかった。」
ブライス・ベンソン船長は、大怪我を追いながらも、彼の船室から脱出した。彼は、近くの病院まで緊急搬送され、緊急治療を受けている。尋問はその後となる。
何故、米駆逐艦がその3倍もある貨物船に衝突され、近年では海軍の歴史上最悪の事故が引き起こされたのかに対する答えは、すぐには分からない。
軍艦や商用船の元船長たちの中には、フィッツジェラルド号が国際ルールを守っていなかったのではないかとみている者もいる。国際ルールでは、右側にいる船に航路を譲らればならない。
「あまり考えられないことだが、フィッツジェラルド号が舵をコントロール出来ない状況になっていれば、話は別だが、そうでない限り、コンテナ船に航路を譲るべきだった。」とイアニス・ソウラ氏は言う。彼は、アジアと欧州を結ぶ最も交通量の多い海域で、タンカーや貨物船の船長の経験がある。
他にも衝突を引き起こした要因は沢山考えられるとする見方もある。貨物船ACXクリスタル丸の航跡データによれば、米海軍が衝突の時間としている午前220分の少し前の、午前25分にこの船はコースを反転させている。
しかし、728フィートあるACXクリスタルを運行する日本郵船によれば、衝突は午前130分に起きている。この差は説明がついていない。「船は衝突の前にコースを反転させたのではなく、衝突の後に反転させたのだ。」と日本郵船の広報官は言っている。
日米両サイドが原因究明に乗り出している。どちらの側も、憶測の段階で原因について言及することは拒否している。日本の海上保安庁の広報官によれば、ACXクリスタルに搭乗していた20名のフィリピン人乗組員は、全員無事で、既に取り調べを受けた。
国防関係者によれば、米海軍オペレーションのトップであるジョン・リチャードソン司令官は、急遽、日曜日に日本に向けて出発した。彼は、フィッツジェラルド号の乗組員やその家族と会う予定だ。また、日本の政府関係者と会い、この事件に関する日本のサポートに感謝を伝える予定だ。更に、事故にあった船を調査し、関係者と修理に必要な作業について話し合う。
国防省は、まだ衝突の原因を特定しようとしている段階だ。日曜日の夜現在、国防省高官に対して明確な説明はなされていない。国防省関係者によれば、実際何が起きたのかについても、明確には分かっていない。
日本の海上保安庁によれば、事故が起きたのは、横須賀沖約56里の地点で、一日に約400隻の船が航行している。記録によれば、過去5年間に、同じ地域で3件の事故が起きている

元駆逐艦船長のブライアン・マクグラスによれば、米海軍にとって、海上での衝突事故は極めて珍しい。もし起きたとしても、10年に1件かせいぜい2件だ。

Saturday, June 17, 2017

ワームビア事件への疑問は、日本の拉致被害事件と重なる【A7面(国際面)】

北朝鮮に拘束されていた米国人ワームビアさん(22歳)が613日に解放されたが、WSJ17日の国際面で、日本人拉致事件を引き合いに出し、この事件について北朝鮮から誠意ある対応を期待するのは難しいとの記事を掲載した。(ワームビアさんが亡くなられたのは19日でこの記事掲載の後。)



ワームビアさんについては、北朝鮮から拷問を受けていたのではないかとか、人体実験の対象にされていたのではないかなどの憶測が飛んでいるが、この事件について、北朝鮮から明確な説明を得るのは、極めて難しいことを、日本の拉致事件での日本の経験を引用しながら、明らかにしている。「2004年に一部の日本人拉致被害者の死因の説明があったが、全く信用できないこと。」「2002年に拉致被害者の一部が日本に戻されたが、この際には日本は数千億円のお金を北朝鮮に支払っていること。」などをあげ、何等かの見返り無しには、北朝鮮からの誠意ある説明は期待出来ないとしている。全く予想外の事件から、これまで米国であまり報道されてこなかった、日本人拉致事件が一躍脚光を浴びている。

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北朝鮮で収監中に脳に重大な傷を負っていた米国学生のオットー・ワームビアさん、彼の事件には大きな疑問点がある。昏睡状態を引き起こしたのは北朝鮮なのか?
米国の医者や親族は回答を求めているが、韓国に拉致された日本人の家族の経験を見る限り、北朝鮮から信頼できる説明を得ることは極めて難しそうだ。
ワームビアさんの父親は、木曜日の記者会見で、ボツリヌス菌に感染し、睡眠薬を服用し後に、意識不明におちいったとする、北朝鮮の説明は信用できないと語った。
米国で22歳のワームビアさんを診察した医者もボツリヌス菌を示す証拠は見当たらないと述べた。
ワームビアさんの父親同様、北朝鮮に拉致された日本人の家族たちは、日本政府と共に、拉致被害者がどうなったのか北朝鮮に説明する様に求めている。
1970年~1980年代に、北朝鮮は10人以上の日本人を拉致した。その多くは、朝鮮人工作員によって、海岸で拉致され、船で連れ去られた。
拉致当時13歳だった横田めぐみさんもその一人だ。1977年に日本の北部で拉致された時、彼女は家から学校へ向かう途中だった。
2004年になって、北朝鮮は日本政府に対し、横田さんは1994年に自殺を図ったと説明し、彼女の遺骨と称されるものを返還した。
DNA試験により、この遺骨は他人のものだと分かっている。
北朝鮮は、他の拉致被害者7名も死亡したと伝えた。そのうち2は、車が殆ど走っていない北朝鮮で、交通事故にあったとの説明。また、2名は、20才台にもかかわらず、心臓麻痺で死亡したとの説明だった。
北朝鮮は、6名の遺体は、雨で流されてしまったと説明した。
「北朝鮮は、全く信用することの出来ない国です。」と、横田めぐみさんの母親である横田早紀江さんはインタビューに答えて述べた。
「我々は、ワームビアさんがこんなに早く母国に戻れることが出来たことを嬉しく思います。私たちの場合、既に長い時が経過してしまいました。」と彼女は語った。
ワームビアさんの損傷が何故出来たのかが説明されるかどうかは不明だ。医者によれば、ワームビアさんは、脳細胞にかなりの損傷があり、「無反応覚醒症候群」の状態にあるとのことだ。
ここ数年北朝鮮に拉致された西側の人間が、身体への虐待を訴えるケースが殆ど無かったので、ワームビアさんが何故重傷を負ったのかには疑問が残る。
抑留者は通常肉体労働をさせられるのだが、唯一、米国宣教師のロバート・パクさんだけが、2009年に北朝鮮によって収監され、拷問を受けたことが公表された。
米国政府は、ワームビアさんについての最新の説明に加えて、何故1年以上にもわたって昏睡状態にあったのかの説明を、北朝鮮に強く求めるだろう。
歴史が示している様に、北朝鮮は、政治的もしくは経済的な便益を、見返りとして求めるだろう。
日本は、2002年以来、北朝鮮と数回の会談を実施し、拉致被害者に何が起きたのか全面的に明らかにする様に求めてきた

200210月に、5名の日本人被害者が日本に返還された。その寸前に日本は北朝鮮に対し数10億ドルの援助を行った。表向きは、1945年まで数10年にわたって、北朝鮮を占領したことに対する謝罪ということだが.

米国船が商用船と衝突【A8面(国際面)】

米海軍の駆逐艦フィッツジェラルド号が、617日に日本の横須賀沖でコンテナ船と衝突したが、WSJは同日の国際面でこのニュースを速報した。


この事故は、米海軍の7名の方が死亡するという大惨事になっているが、発生直後の速報なので、その時点で判明している事実だけを短く伝えている。
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米海軍の駆逐艦が、日本沖で商用船と衝突して、けが人が出たと米海軍が発表した。ハワイの米太平洋艦隊によれば、米海軍は、日本の海上保安庁に救助を要請した。
海軍によれば、米国のフィッツジェラルドが商用船と、横須賀の56海里沖で衝突した。横須賀は、東京の南に位置し、米海軍が基地を置いている。米国の防衛関係者によれば、同船の3つの客室が浸水した。

Thursday, June 8, 2017

経済は予測以上にゆっくりしたペースで成長【A8面(国際面)】

内閣府は68日、201713月期のGDP改定値を発表したが、WSJはこのニュースを同日の国際面で速報した。



これで、「GDP5期連続プラス成長となり2006年以来の最長記録を更新」したこと、一方で「518日に発表された速報値には届かなかった」ことなどをコンパクトに報じている。

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日本経済の今年第一四半期(13月期)のGDP成長率は、当初推測値から下方修正された。2006年以来最長の経済成長は維持したものの、個人消費や企業在庫が予測ほど寄与しなかった。
GDPは経済活動の指標として広く用いられているが、内閣府が68日に発表したデータによれば、日本のGDPはその前の四半期に比べて年率で1%増加した。
この数値は、安倍首相の下での最新の連続経済成長期間が、5四半期連続になったことを示す一方で、当初予測の2.2%の成長にはとどかなかったことを示している。年率換算しない場合の前四半期比GDP成長率は、予測の0.5%に対して0.3%だった。
改定値によれば、個人消費の伸びが予測の0.4%に対して、0.3%に止まった。データは、家計支出の成長全般に対する寄与が半減したことを示している。在庫の減少も成長を押さえる要因となった。

Saturday, June 3, 2017

米国の大胆さがミッドウェイで日本を沈めた【A13面(専門家投稿欄)】

75年前の64日にミッドウェイ海戦が行われたが、WSJ63日の紙面に、ミッドウェイ海戦の勝敗を分けたのは、日米のリーダの差にあったとする専門家の意見を掲載した。



日本軍司令官の山本五十六は、戦いの前日まで愛人と戯れ、艦内でも将棋に興じていた。一方、米国軍司令官のニミッツは、冷静な判断力と大胆な行動力を持ち合わせていた。また、米国軍には優秀で大胆な部下がいて、ニミッツはうまく部下を使いこなしていた。この記事の投稿者によれば、米国が日本に勝利したのは、このリーダーの資質の差による。

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75年前の64日、150隻余りの日本の軍艦と、250機の戦闘機、25名の海軍将官が、オアフから1,300マイル北西に位置する環礁へと向かっていた。第二次世界大戦で最も重要な海戦であるミッドウェイ海戦が目前に迫っていた。
大和は世界で最も大きな軍艦だ。そこに搭乗していたのは、山本五十六将軍であった。彼は毎晩、自分の部屋を出て、将棋に興じていた。港での最後の夜は、愛人(芸者)である河合千代子を過ごした。別れの際に彼は彼女にこんな歌を贈った。「うつし絵に 口づけをしつつ幾たびか 千代子と呼びてけふも暮しつ。」
しかし、彼の目下の懸念はそんな感傷的なものではなかった。6月にわたって、日本海軍は、真珠湾からセイロン(現在のスリランカ)までの8,000マイルに及ぶ海域で、連合軍と戦っていた。山本は、米国艦隊はかなりの打撃を受けてはいるものの、未だに危険だと感じていた。マクベスを例にとって「我々は蛇を焼きはしたが、殺してはいない。」と言っていた。
山本の米国側のライバルはニミッツ将軍であった。彼は輪投げをして緊張を解いていた。冷静で、物静かで、保守的な彼が言った最も過激な言葉は「今こそやる時だ。」だった。ニミッツは、彼の軍隊を戦いのために整列させ、間違いなくやってくるであろう日本を待った。
その数週間前に、オーストラリア方面に日本が攻撃をしかけてくることが予期されていたので、米国はニミッツが指揮する航空隊に南太平洋に行くことを命じていた。次に日本が攻撃を仕掛けてくるのは、ハワイやサンフランシスコ、サンディエゴなどではないかとを恐れる者もいた。さらには、パナマ運河、アラスカ、シベリアなどが攻撃されると予測する者もいた。
そんな中、真珠湾の艦隊本部の近くの窓のない地下室では、ジョー・ロシュフォート司令官の下、暗号解読者が傍受した日本の無線を入念に調べていた。「独立心が強く、政治的には中立で、ひたむきな性格のロックフォートが、地下室を離れるのは、トイレに行くか、着替えるか、たまに食事に行く時だけだった。普段の食事はコーヒーとサンドイッチだけで済ませていた。」とある関係者は回顧した。何週間にもわたって、彼が寝たのは、ごみごみした部屋の隅に置かれた簡易ベッドの上だけだった。
ロシュフォートのチームが解読できたのは、平均して全メッセージの1/8に過ぎなかった解読出来なかった部分は、勘で何とかしていた。例えば、日本軍のメッセージの中には、「AFと呼ばれる場所を示す暗号が含まれていた。AFとはどこなのか?ロシュフォートはAFはミッドウェイを意味すると結論づけた。このロシュフォートの結論をワシントンの当局は嘲笑った。何故、日本が小さな岩礁を占領するために、大艦隊を派遣するというのか?
ニミッツは、太平洋の数百万平方マイルを管轄していたが、日本軍を駆逐する様なことはあまりせず、むしろ放置した。これは、彼の艦隊だけでなく、太平洋戦争全体を危機に晒す危険性があった。後に彼は「必死になって考える必要があった。」と語っている。
海軍の重鎮たちが迷う中、ニミッツは、常識では考えられないことを言うロシュフォートに賭けてみることにした。彼は、3つの艦隊を南太平洋からミッドウェイに戻した。時間が不足していた。米艦隊ヨークタウンは、珊瑚海での戦いで損傷し、10マイルの油膜を引きづりながら、真珠湾に戻っていた。修理には3ヶ月程度必要と推測された。
3日で修理を終わらせろとニミッツは命令した。1,400人の溶接工と取付工が、修理のために派遣された。3日後、ヨークタウンはミッドウェイへの航海を開始した。
日本が64日に接近してきた時、ニミッツの艦隊は待ち受けていた。しかし、戦いはひどい始まり方だった。機敏に動く日本のゼロ戦が、海軍の魚雷を全滅させた。米国の急降下爆撃機は敵の艦隊を見つけるのに苦労していた。
しかし、その時、もう一つの幸運な事態が訪れた。日本の艦隊を探して飛行を続け、燃料も無くなりかけている頃、急降下爆撃機部隊のリーダーであるウェイドマクラスキーは日本の駆逐艦がスピードを上げているのを見つけた。この駆逐艦は艦隊に向かって急行しているに違いないと思い、彼はこの駆逐艦を追跡した。彼の勘は当たった。マクラスキーの爆撃機部隊は、2隻の運搬船に不意打ちをくらわせた。他の部隊が到着し、3隻目にも攻撃を加えた。こうして、数分のうちに、3隻すべてが炎に包まれ航行不能となった。
海軍パイロットのサムアダムスは、4隻目を探していたところ、飛龍とその護衛艦を発見した。「1隻の運搬船、2隻の軍艦、3の重巡洋艦、4隻の駆逐艦!」彼は、無線士で攻撃手であるジョセフキャロルに命じ、このニュースを米国艦隊に打電させた。「20ノットのスピードで、北へ向かえ!」
「アダムス上官!」キャロルはその命令を遮った。「ちょっと待って頂けませんか?ゼロ戦が我々の後方にいます!」キャロルはすぐさま敵機を振り切り、その後に報告の打電を完了した。その後すぐに、飛龍は炎に包まれ、沈没していった。
しかし、アダムとキャロルは二人とも、故郷に帰ることは出来なかった。その翌日の別の任務で戦死したのだ。応急修理をしたヨークタウンは、爆撃され、魚雷攻撃を受け、沈没した。しかし、驚くべきことに、6ヶ月に及ぶ、太平洋での日本の電撃作戦は止まり、二度と再開されることはなかった。
ミッドウィ海戦を扱った本には、「ミッドウェイの奇跡」とか、「信じられない勝利」などのタイトルが踊っている。多分、その通りだろう。しかし、神の意思と偶然は不可解だが、判断と大胆さは明白だ。「敵は、戦う意思が不足している。」と日本の自信過剰の山本五十六将軍はひどく誤った判断していた。ニミッツは、上司が躊躇する中でも、大胆な行動に出た。その大胆な行動により、彼の艦隊は、戦力不足にもかかわらず、先制攻撃を加えることが出来たのだ。そして、彼の部下の水兵たちやパイロットたちが、それを確実に遂行したのだ。
3週間後、ニミッツは、彼のワシントンの上官と打合せをするために、サンフランシスコへ向かった。その際に彼の乗っていた飛行艇が、着陸の際に、海上に浮かぶ残骸に当たって、ひっくり帰った。彼は震えはしたが、怪我はしなかった。ひっくり返った飛行艇が沈没していく間、彼は救助船の甲板に立って、救助作業を見ていた。それを見た救助艇の操舵手が「おまえ、座れ!」と叫んだ。しかし、すぐに彼は大きな間違いを犯したことに気付いた。ころがりながら、ニミッツに近寄って謝罪した。ニミッツは操舵手の指示に従ってゆっくりと座った。「自分の言っていることを曲げるな!」ニミッツは言った。「君の言っていることは、正しい。」

(この記事の投稿者のガーネット氏は、ゲティスバーグ大学の英文学教授です。)