安倍首相が、同一労働同一賃金の実現に向けて動き出したという記事が、4月7日の国際面に掲載された。
安倍首相はこれまで、企業の賃上げを重視してきたが、労働市場の2極分化にはあまり注意を払ってこなかったので、これは大きな政策転換だとしている。
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マツシタ・ケイさん(32)の苦労は、安倍晋三首相が労働市場に目を向ける理由だけでなく、労働市場が日本経済の足かせになっている状況を浮き彫りにしている。
マツシタさんは同世代の多くの人と同じように結婚して、子どもをもうけようと思っている。つまり、安倍氏が推進する「一億総活躍社会」の市民の1人になろうと考えているのだ。ただ、マツシタさんはまだ両親と一緒に住んでいる。
2007年に経済学の学位を取得したマツシタさんは、卒業以来、一度も正社員の職に就いたことがない。いまや有望な正社員候補ではなく、一生賃金の低い非正規社員のままかもしれないという未来に直面している。
安倍氏の経済政策「アベノミクス」が打ち出されてから3年。ただ、成長率と物価上昇率がともにゼロ近辺にとどまるなど、アベノミクスは行き詰まり感を示している。この主な原因となっているのが労働市場だ。ここを起点に一連の本質的な問題―賃金上昇率の鈍さ、生産性と投資の低さ、そして未婚率の高さと出生率の低さ―が生まれている。
安倍氏は今週、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)とのインタビューで「働き方の改革は次の3年の最大のチャレンジになると思う」とし、「(労働市場の改革が)日本が持続的に成長していく鍵になるだろうと思っている」と語った。
安倍氏は非正規で働く労働者の賃上げ幅を拡大させ、「同一労働同一賃金」の実現を目指すと述べた。同氏は仕事と子育て・介護を両立させなければならない、女性を中心とした労働者の支援を積極化させている。こうしたイニシアチブには保育所や介護施設の数を増やし、育児休業を取得しやすくするといった対策が含まれる。
1990年代のバブル崩壊以降、企業はより柔軟に雇用や解雇ができる方法を模索し、これが非正規社員への依存を強めるようになった。過剰な生産能力と負債を抱えた「日本株式会社」は人員をカットするか賃金をカットするかという選択に直面し、後者を選んだ。ここに映し出されているのは、日本の大企業は雇用を保障する責任を持つ「公共機関」だという見方だ。
正社員を保護することで非正規社員が拡大した。事業環境が悪化した時に解雇しやすい労働者の雇用を企業が増やしたためだ。
現在も正社員には実質的な終身雇用が保障されている。いまや非管理職従業員の38%を占める非正規労働者は、正社員と同じ仕事をしていても、正社員よりはるかに低い賃金しかもらえない。非正規社員は正式な訓練をほとんど受けず、労働組合の保護をあまり受けられず、配属が頻繁に変わり、正社員によって昇進の道がふさがれている。
「オリエンタル・エコノミスト・リポート」のリチャード・カッツ編集長は、「非正規の仕事にしか就けなければ、30代になるころには魅力的な従業員ではなくなる」と話した。
これはマツシタさんが置かれている状況だ。同氏は「日本では新卒カードが強い。そこで失敗すると非正規に甘んじることになる」と話した。
経済協力開発機構(OECD)経済局の日本・韓国課長で、チーフエコノミストのランダル・ジョーンズ氏は、労働市場の二極化を改革することが、日本にとって最も重要な課題のひとつだと指摘。これは労働生産性にとっての大きな障害で、現在の日本の潜在成長率を非常に低くしている主因だと述べた。OECD加盟国の中で、日本の労働生産性は下位に位置している。
ジョーンズ氏によると、正社員を手厚く保護することで有望企業への人材や資金の流れが制限されている。そして、必要な人材確保ができないため、革新的な新興企業はベンチャー資金を呼び込むのに苦戦しているという。
安倍氏はかねてから賃上げの重要性を強調してきたが、当初は労働市場の二極化にあまり注意を払ってこなかった。むしろ、企業の利益を押し上げて賃上げを促す金融緩和などの政策に重点を置いていた。ただ今年は、日本銀行によるマイナス金利導入にかかわらず景気低迷が続くなか、安倍氏は政策の方向を転換させた。
安倍氏の指示で招集された専門家による検討会が3月にスタートした。ここでは労働市場が賃金に与える影響が審議されるほか、必要な労働法の改正についての進言がまとめられる。安倍内閣は5月にも同一賃金の実現に向けたガイドラインを明らかにする見通しだ。
一方、多くの人が抜本改革の実現に懐疑的だ。かねてからビジネス界の幹部らは正社員を解雇しやすくするべきだと主張してきたが、安倍氏の同一賃金へのこだわりには警戒感を示す。同一賃金は現在の法律ですでに求められているが、実施されることはまれだ。
経済同友会の雇用・労働市場委員会を率いる橘・フクシマ・咲江氏は、「正社員が最も良くて企業は決して誰も解雇すべきではない」など、日本は労働と労使関係について心の持ち方を変える必要があると指摘した。