孫正義氏が、スプリントの経営継続に意欲を示したという記事が、1面に掲載された。
孫氏が愛する米国当局はTモバイル買収で味方になってくれず、孫氏の側近中の側近であるアローラ氏ですらスプリント株を売却すべきと公言したり、孫氏のスプリント経営を取り巻く環境は逆風だらけだとしている。しかし、そんな中でも、孫氏は自ら先頭に立って、コストを押えながらネットワークを強化する方法を考え出したり、スプリントの経営に意欲的に取り組んでいることをっ若干の疑問を抱きながらも好意的に報じている。
(WSJ日本語版にほぼ同じ記事が掲載されていたので、下記の文章はそこから引用させて頂きました。)
***** 以下本文 *****
大富豪の孫正義氏は昨年のある土曜日、キャロライン・ケネディ駐日米国大使との会談を求めた。両者の会談がその翌日に実現すると、ソフトバンクグループ社長の孫氏はオバマ大統領へのメッセージ「私はアメリカを愛しています」を大使に託した。
今のところ、米国は孫氏の求愛に応えていない。
ソフトバンクが米携帯電話サービス大手スプリントを220億ドルで買収してから2年。孫氏は慢性的に修理が必要な家を手放せずにいるようだ。カンザス州オーバーランドパークに拠点を置くスプリントは最近、契約者数で米4大携帯電話事業者の中で最下位に転落した。スプリントが競争力を維持するためには大規模なネットワークの改修が不可欠である。日本で最もよく知られている企業リーダーの1人、孫社長率いるソフトバンクによる過去最大の買収以来、スプリント株の価値は約半分にまで落ち込んでいる。
問題が山積しているにもかかわらず、孫氏は先週、スプリントの四半期決算発表の電話会議に出席し、スプリントの「歴史的な建て直し」にコミットし続けている、同社を売却するつもりはないと投資家に説明した。
しかし、同氏があえて語らなかったこともある。業績不振の携帯電話事業者は誰も買いたがらないことだ。
内情に詳しい人々によると、この1年のあいだにも、孫氏と別のソフトバンク幹部は米ケーブルテレビ(CATV)最大手コムキャストや欧州通信事業大手アルティスにスプリントを売却する構想を提起していたという。しかし、それも暗礁に乗り上げてしまった。
あるインタビューで孫氏は、スプリントの新たな建て直し計画を考え出すために、数カ月にわたって毎晩午後10時から午前2時まで、100人の優秀なネットワークエンジニアたちと一緒に仕事をしてきたと語った。
とはいえ、孫氏がスプリントにばかり気を取られているわけではない。
同氏はソフトバンクのインターネット関連事業の話題に触れたとき、私は専念していた分野に戻るべきだ」と述べた。2000年に20億円で取得した中国の電子商取引最大手、阿里巴巴集団(アリババグループ)の株式は、昨年の新規株式公開(IPO)で8兆円弱の含み益を生み出した。インターネット革命は「依然として爆発的な広がりを見せており、私
は大いなる情熱を抱いている分野に戻るべきだ」と孫氏は言う。
今のところ、孫氏のスプリントに関する戦略の軸は、ますます難しくなってきた顧客争奪戦にソフトバンクの資金をあまり注ぎ込むことなく、スプリントのネットワークを改善していくことにある。
孫氏のチャーム・オフェンシブ(魅力攻勢)にもかかわらず、威勢の良いライバル、TモバイルUSとの合併案は昨年に規制当局によって打ち砕かれてしまった。それを復活させたいという同氏の望みは、少なくとも2016年の大統領選挙後まで棚上げされている。
スプリントは2005年に350億ドルでネクステル・コミュニケーションズを買収して以来、不利な状況に置かれてきた。合併後の同社は異なる技術で構築された2つの独立したネットワークを維持しようとし、スマートフォンでウェブサイトを閲覧するための高速通信を実現する第3のネットワークの構築では子会社に依存した。
だが、そうした技術は受け入れられず、そのネットワークは現在停止中である。その結果、同社からは数百万人の顧客が離れていった。
スプリントは2006年以来、年間利益を上げておらず、積み上がった損失は約500億ドルに達している。先週の決算発表によると、同社の第1四半期の純損失は2000万ドルだった。売上高は前期比8.7%減少の80億3000万ドル。
ネットワークの改善と新規契約者勧誘のために、同社の現金燃焼のペースは以前よりも加速しているとアナリストたちは指摘する。
総入れ換え
2011年に始まったネットワークの大規模な「総入れ換え」作業は通話中の通信障害やデータ通信速度の低下を引き起こした。スプリントの幹部の多くは、そうした問題が改善されるまで契約者数の増加に積極的に取り組むことはできないと考えていた。
スプリント社内には、地元の土地区画規制を把握していなかった孫氏が、携帯電話のアンテナを早急に設置することの難しさを十分に予測していなかったと話す社員もいる。
孫氏のそもそもの計画はスプリントの問題をTモバイルとの合併で解決するというものだった。全国規模の携帯電話事業者を4社から3社に減らすことに対して規制当局が長く難色を示してきたにもかかわらず、同氏はスプリントの買収後すぐにTモバイルとの合併を目指すことを決断した。
孫氏は首都ワシントンでの広告やスピーチを含む一般市民向けの啓蒙活動を開始した。その合併の理由に関して、孫氏は米国の機能不全に陥っているブロードバンドネットワークを修復したいからだと主張した。
8月11日に58歳になった孫氏は2014年3月の米商工会議所でのスピーチで、十代で初めて米国に来たときのことを振り返り、「驚きで目を丸くした」と語った。同氏はさらに「私はアメリカを愛しています」とも述べた。これは前述したオバマ大統領へのメッセージと同じだった。
ところが米連邦通信委員会(FCC)と米司法省はその合併案を歓迎しないという主張を繰り返したので、孫氏はこれを断念することにした。今となってはそれがスプリント建て直し計画のターニングポイントだったと孫氏は言う。
同氏はインタビューで次のように述べている。「米国の規制環境について判断を誤るという人生で最大の失敗の1つを犯してしまったと考えていた」。Tモバイルとの合併計画がダメになると、孫氏は「世界のその他の地域やその他の事業に焦点を切り替えよう」と決めたという。
「私は忙しい人間だ」と同氏は話す。「状況が芳しくなさそうなときに米国市場に専念する必要などあるだろうか」。
孫氏はスプリントを完全な損失として切り捨てようと考えたこともあったという。しかし、実際には、スプリントの再建を新たな最高経営責任者(CEO)に託すことにした。2014年8月、マルセロ・クラウレ氏が前任のダン・ヘッセ氏からその役職を引き継いだ。
携帯電話事業者の経営経験はなかったが、携帯端末卸売事業を数十億ドル規模にまで成長させていたクラウレ氏を孫氏は「私の心の友」と呼ぶ。クラウレ氏は「私と同じで、勝ち目のない戦いに挑んできた攻撃的で抜け目のない人物だ」と孫氏は言う。
現在44歳のクラウレ氏はスプリントにさらなる起業家精神を注入しようとしている。クラウレ氏は経営幹部の大異動を伝える昨年11月の社内メモにこう書いている。「企業にとって最大の資産は社員だとよく言われているが、私はそうは思わない。ふさわしい人材こそが最も重要な資産なのだ」。
先週に辞任した最高財務責任者(CFO)を含めると、6人もの経営幹部がスプリントを去った。まだ残っている経営幹部は、木製パネルで装飾された重役室からクラウレCEOの目が届く仕切りスペースに移動させられた。
「間抜けな規則」を報告するEメール
スプリントの新CEOは、あるEメールアドレスを設定し、従業員がそこで「間抜けな規則」を特定、報告することを奨励した。クラウレCEO自らがそうしたEメールの多くに目を通している。
クラウレCEOは、ビジネスシューズだと窮屈だというある従業員の苦情を受けて、営業所ではビジネスシューズを履かなければならないという規則を撤廃した。今では色が黒であれば、自由に好きな靴が履けるようになった。
スプリントをAT&T、ベライゾン・コミュニケーションズ、Tモバイルともっと競争できる企業にするためのクラウレCEOの計画は、今のところ、料金の値下げとネットワークの改善が中心となっている。
直近の四半期の解約率はスプリント創業以来で最低を記録した。クラウレCEOはインタビューで「われわれには好位置につけている、前進しているという感覚がある」と述べた。
とはいえ、スプリントのネットワークの改善には驚くほど費用がかかっている。直近の四半期でもこれに22億ドルを費やし、4億9600万ドルだった前年同期から大幅に増加している。政府による600MHz帯の重要なインセンティブ競売が始まる2016年にはスプリントの手元資金が底を突く可能性があると指摘するアナリストもいる。
スプリントによると、今年が「現金燃焼率のピーク」で、2016年には大幅改善が見込まれているという。
手元資金不足はネットワークの改善を複雑なものにしてきた。「ネットワーク・ビジョン」と呼ばれる4年間の取り組みでは、スプリントの2つのネットワークをつなぎ合わせ、調査会社IHSの一部門である独立系試験サービスによると、通信品質が大き
きく改善されたという。
孫氏はソフトバンクのエンジニアたちにスプリントのネットワークを安上がりに改善する計画を考案させようとした。東京での4カ月にわたるその取り組みには、二十数人のスプリント従業員も参加した。そのチームは少なくとも一時期、孫氏のオフィスと同じ階にある会議室で1日16時間働くこともあった。
ある参加者によると、朝食、昼食、夕食がその会議室に持ち込まれ、孫氏も午前と午後に進捗を確かめに来たという。
孫氏によると、スプリントのエンジニアと社外の設備販売業者は当初、その計画について実現不可能だと主張したという。
「彼らはそれがうまくいかない理由を100個ほど考え出した」と孫氏は振り返る。「そこで私はこう言った。その100個のうまくいかない理由の一つひとつに私が解決策を見つけよう。そして私は、すべてのうまくいかない理由に対し、非常に論理的な解決策を考案した」。
スプリントは今や、既存のネットワークに従来の方法よりもかなり安価な技術を使った数万もの小規模な基地局を追加することを計画している。
その一方で、孫氏はグーグルから引き抜いたニケシュ・アローラ氏とより多くの時間を過ごしている。孫氏は昨年、ソフトバンクでの自分の後継者はアローラ氏になる可能性が高いと述べた。
昨年、両氏はインド、中国、東南アジア諸国の新興企業を視察しに行った。それからまだ6カ月も経過していないが、ソフトバンクは数社に対して10億ドル以上も投資してきた。ソフトバンクはインドだけでも100億ドル以上の投資を計画している。
こうしたことはスプリントにとって不吉な兆候である。しかも、内情に詳しい人々によると、アローラ氏はソフトバンクがスプリントの親会社になっていることに社内で不満を表明し、売却しようとすることを勧めたという。
「多くの人がスプリント売却を勧めている」と孫氏は言う。「彼だけではない」。
元コンチネンタル航空のCEOでスプリントの社外取締役を務めているゴードン・ベスーン氏は孫氏とクラウレCEOを完全に信頼していると話す。両氏はそのリーダーシップでスプリントを窮地から救ってくれるはずだという。「重篤な患者には最高の医師団が必要だ」。
窮地脱出が見えないスプリントだが、孫氏は明るい材料を再度強調した。「売却しなかったことに本当に満足している。というのも、私にはトンネルの出口の光が見えているからだ」。