Tuesday, September 1, 2015

日本の最も強力な人々が海藻の先生に指示を仰ぐ【A1面】

伊那食品社長である塚越寛氏の年輪経営が1面に取り上げられた。
安倍首相が欧米流の企業の短期的な利益を追求する中で、塚越社長は日本的な長期的な視点に立った経営を重視しており、トヨタの社長ら日本のトップ経営者が塚越社長から学んでいる様子を紹介している。(WSJ日本語版に同じ記事が掲載されていたので、下記に引用させて頂いた。)
***** 以下本文 *****
トヨタ自動車の生産方式は世界中で研究され、同社の経営や製造に関する本も数多く書かれている。
 では、トヨタが経営に助言を必要とする場合は、どこに行くのだろうか。それは海藻から寒天製品を製造する小規模企業、伊那食品工業があるこの山間の町だ。
 寒天は外国人にとって見慣れないものであり、伊那食品工業会長の経営哲学にも多少の違和感があるかもしれない。同社の塚越寛会長(77)は海外での知名度は高くないものの、日本では有力企業経営者の多くが信奉している。
塚越氏は、米国流の経営手法には賛同せず、こうした手法は短期的思考に傾いていると指摘する。同氏の持論は、企業は従業員を幸せにするために存在すべきだというもので、従業員のほうはオフィスのトイレを掃除するなどして、責任感を高めるべきだと指摘する。
 トヨタでさえ及ばない一貫した業績に関する見識を求めて、トヨタの経営幹部のほかにも黒田東彦・日銀総裁といった経済・実業界のリーダーたちがこれまで伊那食品の本社を訪れてきた。伊那食品は48年連続で増収増益を上げた記録を持つ。
 トヨタ自動車の豊田章男社長(59)は「企業経営の規模はあまり関係ないと思う」とし、「企業経営において着実に伸ばすという価値観について、僕はものすごく塚越さんから学んでいることが多い」と話す。
 伊那食品に対する豊田社長の尊敬の念を見れば、短期的利益よりも長期的な成功や社会的結束が優先されることが多い日本の伝統的な企業価値がいかに根強く、変わっていないかも理解できる。
 日本の株主利益は米国をはじめとする欧米市場の水準に遅れを取ってきた。現在では過去最大規模の日本企業の株式を保有している海外投資家は、一層多くの利益を投資家に還元するよう、企業に圧力をかけている。企業に国際基準を採用させたい安倍晋三首相も、それを後押ししている格好だ。
 塚越氏は著書「リストラなしの『年輪経営』」の中で、「木は天候の悪い年でも、成長を止めません」と指摘する。この本のタイトルは、木が不規則に拡大したり縮小したりするのではなく、毎年着実に年輪を1つずつ重ねることにヒントを得たものだ。「会社も一緒で、環境や人のせいにすることなく、自分でゆっくりでもいいから着実に成長していきたいものです」と記している。
 トヨタ自動車では、経営幹部らがトイレ掃除を求められることはないが、豊田氏はマネジャーたちに塚越氏の著書を読むよう求めている。
 トヨタは過去最高水準の利益を上げているが、豊田社長は、短期的な利益に的を絞る投資家よりも長期投資家を引きつけたいと話す。同社は7月に、5年間は売却できない仕組みの新たな種類の株式を発行した。この計画は海外投資家の一部に反対されたが、海外投資家は合計でトヨタの発行済み株式の約30%を保有している。
 株式を公開していない伊那食品の年間売上高約1億4000万ドル(約170億円)は、売上高が2000億ドルを上回るトヨタと比べれば取るに足りない。しかし、塚越氏によると、全国に流通する寒天や関連製品約2300トンのうち、80%近くを伊那食品が製造している。同氏は寒天を毎日食べることが自分の長生きにも役立っていると話す。
 伊那食品の24エーカー(約9万7000平方メートル)の本社は塚越氏の安定経営哲学の象徴だ。ここには寒天の研究・開発センターのほか、寒天に関する情報の展示場、寒天工場、寒天ショップ2カ所と寒天レストラン2軒がある。
 7月のある晴れた午後、同社の「かんてんぱぱガーデン」では観光客たちがくつろいでいた。最もよく知られた「かんてんぱぱ」ブランドにちなんで名付けられたガーデンには伊那食品の従業員が毎朝世話をするアジサイが咲き誇っており、記念碑の金属板には「いい会社をつくりましょう」という同社の社是が記されている。
 塚越氏はインタビューで、「働くことが人間の営みの大きな部分を占めているのに、不幸な人が出てくるのは、会社のあり方として矛盾しているのではないか」と語った。
 伊那食品の500人前後の従業員の調和を維持するために、塚越氏は年功序列の終身雇用制度を維持していくと話す。日本企業では階段を一段一段昇っていく雇用制度が引き続き標準ながら、世界中に34万4000人の従業員を抱えるトヨタ自動車をはじめ、日本企業の一部は年数よりも実績を重んじるやり方を採用し始めている。
 塚越氏の急成長を嫌う信念は、2005年の「寒天バブル」で一段と固まった。あるテレビ番組で、低カロリーで高繊維質の寒天の健康効果が取り上げられたことをきっかけにブームとなり、伊那食品では需要に追いつくために昼夜、工場を稼動せざるを得なくなった。年間の売上高は40%急増した。
 ボーナスを手にして大喜びする企業経営者もいるかもしれないが、塚越氏は次に何が起こるかを心配していた。案の定、06年には売り上げは急落した。
 「目先の欲や効率を求めてはいけない」と、塚越氏。
 長野県伊那市にある伊那食品本社で開催される毎年恒例の「かんてんぱぱ祭」で、同社はところてんやあんみつなど、寒天を使った食べ物を無料で振舞う。そのほか、「かんてんぱぱ小学生絵画コンクール」や「かんてんぱぱSBCこども音楽コンクール」なども開催している。トヨタも同様の絵画コンクールを開いている。
 豊田社長が塚越氏に初めて会ったのは、5年ほど前に塚越氏がトヨタ関連のイベントで企業の長期的成長について講演したときだった。塚越氏の言葉が、急拡大の後に赤字に転落し、会社の建て直しに苦戦していた豊田社長の心に響いた。
 それ以来、2人は繰り返し会っている。寒天をよく食べているという豊田氏は、講演の際に塚越氏の著書から引用することが多くなった。
 豊田氏は昨年の決算発表の席で、「木の幹に例えれば、ある時期に急激に年輪が拡大したことで、幹全体の力が弱まり、折れやすくなっていたのだと思います」と述べた。その上で、「持続的成長とは、どのような局面でも、1年1年着実に年輪を刻んでいくことです」と続けた。