Monday, December 17, 2018

贅沢な暮らしがゴーン氏の日産での失脚を招く【A1面】

WSJ17日の1面に、ゴーン氏逮捕に関する、これまでの経緯をまとめた記事を掲載した。長文だが、独自取材に基づく力作だ。



 特に、記事後半では、2005年以降、それまで質素で勤勉だったゴーン氏が、人が変わった様に豪華な生活に溺れていく過程に迫っていて読み応えがある。また、日産のある監査役がZi-Aという日産の子会社の存在に気づき調査を進めたことをきっかけに、ゴーン氏の影の部分が次々と暴かれていく過程も、小説を読んでいる様だ。

***** 以下本文*****
ゴーン氏の失脚のきっかけとなったバラ色の豪邸は、ベイルートの最高級住宅街の一角にある。
ゴーン氏に近い関係者によれば、その壁には、ゴーン氏の肖像が飾られ、ゴーン氏自身が2人目の妻と共に、1,500万ドルの資産の購入とその改装を指揮した。改装中に発掘された2つの石棺は、ワインセラーに続くガラス張りの床から見ることが出来る。
今年の初めに、日産自動車の幹部たちは、ペイルートの家屋やその他の資産が、シェルのネットワークを通じて、実際には日産によって購入されていたことを知った。日産の幹部たちは、このことをゴーン氏には知らせなかった。日産は、ゴーン氏が1999年から経営しており、最近はフランスのルノーとの連合にほころびがみられていたが、関係者によれば、日産はこうした家屋の改築費まで負担していた。
日産がゴーン氏のジェット機で移動するライフスタイルを資金面で支える役割をしてきたことを知ったことにより、日産の幹部のフラストレーションが爆発し、長い間かけて不満が醸成されてきた。そしてそのことが、ゴーン氏が先手を打って日産幹部への反逆行為の行うことにもつながった。
何十人もの日産関係者や捜査関係者に基づくこうした説明は、隠ぺいされた支払や会社のお金の贅沢な支出が、日産に対するゴーン氏の長期支配に対する大きな不満を醸成していったことを示している。日産の社員は、日産の利益がルノーを支えていることに不満をもらしていて、ゴーン氏がルノーがより大きい日本のパートナーである日産を完全に乗っ取るための準備を進めているのではないかと恐れていた。
何か月にもわたって、日産の幹部は秘密裏にゴーン氏についての情報を収集し、1119日のゴーン氏とその右腕のケリー氏逮捕への準備を進めてきた。日産の幹部たちは、米国で暮らすケリー氏にも、ゴーン氏が日本に到着を予定していたこの日に、日本に来るように説得していた。こうした周到な準備によって、日本の検察は、2人を素早く逮捕し、その数時間後には、ゴーン氏の事務所と東京のマンションを操作することが出来た。
日産のCEOの西川廣人氏は、ゴーン氏が自ら後継に選任した。彼は、本社で社員集会を開催し、明らかになったことを説明した。出席した人によれば、集まった社員たちからは拍手は巻き起こったという。日産の調査の関係者によれば、日産社内でのゴーン氏に対する反感は、火山の様に大きくなっていた。
それは、一時は日産の救世主として崇められた人物にとって、そして自動車業界で最も力を持ったリーダーの一人にとって、大きく急な変化だった。ゴーン氏が11月に逮捕されて以来、日産は間髪いれずにゴーン氏の会長職を解き、ゴーン氏が会長とCEOを兼務するルノーでは、暫定リーダーを置いた。1210日に、日本の検察は、ゴーン氏を、日産の財務報告書でその所得を過少申告した疑いで起訴した。ルノーは、日産に、アライアンスに対する重大なリスクについて討議するために、株主総会を開催する様に迫っている。
ゴーン氏の日本の弁護士にコメントを求めたが、回答は無かった。弁護関係者によれば、ゴーン氏はその無実を主張し続けている。
一方、ゴーン氏は、収監されたままだ。日本の司法制度のもとでは、検察は容疑を追加してくるので、2019年に入るまでは収監されたままで、裁判を待つことになるだろう。
検察は、ゴーン氏の不正支出や会社資産の個人使用については、起訴していないし、その点に容疑があると指摘もしていない。しかし、ゴーン氏がベイルートやリオデジャネイロで個人使用していた日産所有の家屋については、日産が既にそれらを実質的に管理し、鍵を変えているので、裁判所での争点になるだろう。ゴーン氏の家族のメンバーたちは、私物や美術品や現金を取り戻すためにこれらの家屋へのアクセスを求めて訴訟を起こしている。
ゴーン氏の家族は、彼の逮捕や会社のお金を不正使用しているという主張は、会社支配を巡るもっと大きな戦いの一部だと主張している。
「この事件の本質は、ゴーン氏の逮捕がルノーと日産・三菱の間の会社間対立の結果だということだ。」と家族の弁護士は、ブラジルでの裁判所への申し立ての中で述べた。「ゴーン氏の突然の逮捕は、日産がルノーとの連合を弱体化させるための汚い策略だ。」ゴーン家に近い関係者によれば、ゴーン氏の子供たちは、ゴーン氏が日産から得ている報酬は、彼の経営により実現した日産のV字回復と過去20年間ゴーン氏が日産の社員のために創出した富と比較して考えるべきだとしている。
「記憶している限り、毎週日曜日に、我々は必ず父から話を聞いた。父が仕事でどんなに忙しくても。」ゴーン氏の4人の子供たちは、書面で出された声明の中でこう述べている。ゴーン氏は、冗談で、日産は5人目の子供だと言っていた。「父と話せなくなってから、4回の日曜日が過ぎました。父に会いたいです。」
「この幾つもの容疑が出てきているが、これらはゴーン氏の不正行為によるものだ。」と日産のスポークスマンはメールの中で述べた。「これらの不正行為の調査の過程で、東京地検は自主調査を開始し、アクションを取った。」
ルノーのスポークスマンはコメントを拒否した。
1999年に不振の日産を援助するためのルノーによる54億ドルの緊急投資を実現させた後、ゴーン氏はルノーと日産をテクノロジーとプラットフォームを共有するアライアンスへと変化させた。その後、このアライアンスには後に三菱自動車が加わって、世界最大となり、3社の公表数値によれば、ゴーン氏は2017年に3社から1,700万ドルの報酬を受け取った。その報酬額は、日本の競合他社に比べると非常に大きいが、米国の同業に加えると小さい。例えば、GMのバラ氏は2,200万ドルの報酬を得ている。
ゴーン氏にとって、こうした不動産やプライベートジェット、その他の報酬は、彼の仕事の一部であり、家族とは離れた、仕事上の出張目的で使われた。フライトレコードとゴーン氏の家族と親しい関係者によれば、ゴーン氏は少なくとも1年に100日を飛行機の中で過ごした。
関係者によれば、日産がゴーン氏がこうした資産を使用するために、どれ位の金額を払っていたかを知っている日産幹部は一握りにすぎない。
ゴーン氏が自由に使える資産の中で最も高いものは、日産が過去18年にわたって購入してきた数機のプライベートジェットだ。各機の機体には登録番号N155ANが飾られている。
業界紙であるコーポレートジェットインベスターによれば、最新のガルフストリームG6506,450万ドルするが、ゴーン氏関係者によれば、その機内には寝室があり、彼はよくそこで寝ていた。「こうしたライフスタイルは、肉体的にも対人関係的にも、害をもたらす。それだけの価格を払ってでも、きちんと体調管理をしていかねならない。」とゴーン氏は最近日産のウェブサイトにアップされた自伝の中で書いていた。「機内でぐっすり眠れれば、肉体的にも精神的にもとても助かる。」
今年、彼が乗った飛行機は、彼が地球を飛び回った80日以上の期間に、少なくとも35の異なった空港から飛び立っている。フライトレコードによれば、ゴーン氏の逮捕前の7週間だけみても、彼の乗った飛行機はベイルートを8回飛び立っている。
日産内部には、ゴーン氏のライフスタイルは、損益改善のために彼が推進したコスト意識の高い経営スタイルの対極をなすものと映った。彼のライフスタイルに必要なお金が、日産によって支払われていたという主張が明るみに出るにつれて、裏切られたという気持ちが日産内部に広がっていった。
「透明性や質素倹約が日産ウェイだ。」と日産の元幹部は言う。「私は問いたい。透明性はどこへいったのか?質素倹約はどこへ行ったのか?」
ゴーン氏は比較的つつましやかな家庭環境で育った。彼の父方の祖父は、13才の時に、スーツケース1つで、レバノンからブラジルへ移住し、ブラジル内陸部で小さなビジネスを始めた。ゴーン氏の自伝によれば、その後、ゴーン氏が生まれた。ゴーン氏が6才になった時、彼の父は彼をベイルートに送り、彼はそこで祖母、母、姉妹と暮らした。
家族関係者によれば、ゴーン氏のベイルートでの暮らしは中流だった。15才か16才の時に、ゴーン氏は初めてレストランへ行き、グレープを見て豪華なものと思った。その後何年が経って、ゴーン氏は、フルーツを買ったり飾ったりするのが好きになった。
パリの2つのエリート工科学校に通った後、ゴーン氏はフランスの製造業であるミシュランタイヤに入社した。1996年に、ゴーン氏はフランスの自動車メーカーであるルノーに雇用され、家族と共に、フランスに移り住んだ。1990年代後半に、日産は破産の瀬戸際にいた。ルノーは、ゴーン氏の強い後押しにより、54億ドルの緊急投資を実行した。この結果、ルノーは日産の株式の37%を所有、その後43.4%まで比率を増やした。一方、日産はルノーの株式を15%購入した。
1999年に日産のCEOとして東京に移ったが、ゴーン氏はそこで「セブンイレブン」というあだ名を付けられる。長時間働くからだ。彼は、工場を閉鎖し、従業員を解雇し、効率の悪いサプライヤーとの取引を中止した。こうした対策により、日産は目標より1年早く、利益と債務縮小の目標を達成した。彼は、経営の天才としてもてはやされ、彼の活躍は漫画にもなった。
2005年に、ゴーン氏はルノーのCEOにも就任した。不動産記録と日産の捜査関係者によれば、この頃、ゴーン氏は、最近の捜査で明るみに出たアパートの1つを個人使用のために購入している。パリの最高級住宅地である16区にある4,300スクエアフィートのアパートだ。
3年後、日産は、同じ建物に、追加で1,200スクエアフィートのスペースを買い増し、メゾネット形式のアパートにした。
ゴーン氏の家族に近い関係者によれば、その買い増しは、セキュリティー上の不安を解決するものだった。20年前に、ルノーのCEOがパリで左翼による強盗被害にあったのだ。
日本の幹部たちは、ゴーン氏が次第に会社に出社しなくなっていったことにいら立ちを覚えていた。それでも、彼は日産のだれよりも圧倒的に巨額の報酬を得ていた。日産の調査に詳しい関係者によれば、日産はゴーン氏に1,500万ドル払っていたが、この金額はゴーン氏以外の他の9人のトップ幹部全員の報酬合計の2倍を超えていた。
日本は、2010年に開示ルールを改定し、約88万ドル以上の報酬を得ている幹部は、その報酬額を公表しなければいけなくなった。関係者によれば、ゴーン氏は、世間での評判が落ちるのではないかと悩んだという。彼と他の幹部たちは、グローバルリセッションにより、既に報酬カットを受入れていた。ゴーン氏は開示額を少なく見せることを強要した。具体的には、日産に、780万ドルを支払い、残りの200万ドルの支払いを遅らせる様に要求した。
こうした変更は、ケリー氏によって処理され、後には、社長室や人事が関与した。同僚たちは、彼らを、ゴーンへの絶対服従者とか、トラブル処理係などと呼んでいた。後払報酬を新しい開示ルールでどの様に取り扱うかの解釈は、グレイなエリアだった。関係者によれば、日産の監査法人であるE&Y新日本は、日産のこうしたルールの解釈案に、同意しなかった。ケリー氏の弁護士によれば、ケリー氏は外部の専門家を雇い、彼らから自分の解釈を支持する意見を得た。
それでも、ゴーン氏の開示された報酬額は、日本では最高額となり、日産の株主総会では、怒りが巻き起こった。ゴーン氏は、フォードのムラリー社長は彼の報酬額のほぼ2倍の報酬を得ているとして、防戦した。
検察は、これをきっかけにして、その後、後払いにする金額がどんどん増えて、ここ数年は、報酬額の半分以上になっているとみている。日産の内部調査に詳しい関係者によれば、ケリー氏とゴーン氏は、膨らみ続ける後払報酬とゴーン氏退職後の支払い計画について管理するために、詳細なスプレッドシートを準備していたという。
日産によれば、社内で何が起きていたが知っていたのは、数人に過ぎなかった。幹部の報酬を監督する報酬委員会は存在していなかった。このため、経営トップたちがもらう報酬額の決定は、ほぼゴーン氏が一人で行っていた。
そして、その後、特別報酬が加わった。2010年の終わりに、日産はオランダにZi-Aキャピタルという会社を設立した。ケリー氏や、会社登記、関係者情報などによれば、その会社は、日産の取締役会がベンチャー投資を行うことを目的とする会社だ。
Zi-Aは、最終的には8,280万ドルの投資を得たが、日産が、幾つものオフショアのペーパーカンパニーを通して、追加で家屋を購入するための会社となっていった。こうした家屋の中にはベイルートの家屋が含まれている。
その頃、ゴーン氏は、最初の妻であるリタと別れた。リタは、古着を来て、ブリッジを楽しむ女性だった。そして、現在の妻であるカロールとの新しい関係が始まった。その頃のゴーン氏に詳しい人物によれば、カロールは、デザイナードレスやファンシーなイベントが好きだった。
リタ・ゴーンの弁護士は、彼女の代理としてインタビューや質問を受けることを拒否した。
2012年には、ゴーン氏の妹であるクローディン・ビシャラ・オリベイラは、リオデジャネイロのコパカバーナ地区にある4ベッドのビーチに面したマンションの購入をサポートしたと言われる。この取引に詳しい人からの情報だ。Zi-Aの孫会社であるHamsa1が、570万ドル支払って、このマンションは会社資産となった。
ゴーン氏の家族関係者によれば、ゴーン氏は、ビジネスでリオデジャネイロを訪れた際には、そのマンションに滞在していた。ゴーン氏のリオデジャネイロへの出張に詳しい人物やこのビルの2人のドアマンからの情報によれば、1度に10人をもてなせるこのマンションは、ゴーン氏の家族が休日を過ごす場所でもあった。「私たちの家族にとって最も誌的な時は、我々のマンションがあるコパカバーナビーチを一緒に散歩する時です。」とゴーン氏の3人の娘の1人であるナディーン・ゴーンは、ブラジル版ヴォーグ誌に語った。
ゴーン氏が再婚して数ヶ月経った2016年秋には、ゴーン氏とその新しい妻は、結婚とゴーン氏の誕生日を祝うイベントを行った。出席者によれば、そのイベントは、フランスのヴェルサイユ宮殿敷地内の宮殿の1つで行われた。ブラックタイで正装した120名のゲストが、シャンデリアの下、燭台で飾られた長いテーブルに座った。ペーストりーは、出席者の頭の位置より高く積まれた。金のお盆にはぶどうが盛られた。
連邦航空局のデータによれば、その頃、日産はゴーン氏のために、更に速くてスペースが広いジェット機、ガルフストリームG650を購入した。ゴーン氏の子供たちは、その頃、もし父と同じ方向へ旅行する場合には、父と一緒に飛行機に乗るようになっていたと家族と親しい人物は述べた。「飛行機に一緒に乗ることが、子供たちが父と一緒の時間を過ごす手段だったのです。」
フライトレコードによれば、ゴーン氏が再婚した後は、ジェット機はベイルートに以前より頻繁に向かう様になった。ベイルートへの飛行によって日産は追加の費用を計上せねばならなかった。安全上の問題で、日産はジェット機をベイルートの格納庫に駐機させなかったからだ。フライトレコードと関係者によれば、代わりに、乗組員は120マイル離れたキプロスまで飛行させ、ゴーン氏が使用する時にはベイルートに戻ってきていた。
「彼には、警備の1団が取り巻いていた。」とゴーン氏のベイルートの家の近くの床屋は言った。「国の安全保障局のジープが彼に同行していた。彼は重要人物だから。」
日産の話に戻ると、日産社内ではゴーン氏の経営についての不満が膨らんでいた。日産の幹部の中には、ゴーン氏は、日本の幹部よりも、外国人幹部を速く昇格させているという懸念を抱くものもいた。
ゴーン氏は、日産とルノー双方に対し、部品や製造プラットフォームを共通化することによってコストをカットする様に強く求めた。このため、技術者たちは、日産とルノーのどちらの技術や工場を使うか、言い争っていた。日産の売上は株主であるルノーよりも大きくなっていたので、日産の従業員たちは、日産が稼いだ利益がルノー強化のために使われていると感じていた。
昨年、日産のある従業員は、株主総会でゴーン氏に対抗してこう言った。「日産は、ルノーの完全子会社になった感じがします。」するとゴーン氏は怒って次の様に答えた。「貴方が言っていることを示す事実があれば言って欲しい。貴方の言っていることを示す現実の出来事など、実際には無いではないか。」
ルノー関係者は、日産がルノーを支えているというのは言い過ぎだという。「日産従業員もルノー従業員に対しては、ゴーン氏は日産に良くしてくれていると言う。アライアンスの成功にはバランスが重要だから。これは達成が難しいことかって?その通りだ。」
ゴーン氏は、最終的には彼を失脚させた人々が集まっていることは知らなかった。日産の監査会社であるE&Yは、毎年Zi-Aについての質問をあげていた。この会社を通してゴーン氏は家を購入していた。この件は、2014年に日産の監査役となった製造分野のベテランえあるイマヅヒデトシ氏の注意を引くことになった。監査役は取締役の行動を監視するのも、その仕事の1つだったからだ。イマヅ氏は、Zi-Aは何をしているのか暴き出そうとした。しかし、英領ヴァージンアイランドの様な場所で、Zi-A社が使っている沢山の幽霊会社に阻まれて、分からなかった。
6月頃、イマヅ氏は、あるZi-Aの取締役に助けを求めた。彼は、マレーシア生まれで英国で教育を受けた弁護士で、名前をハリ・ナダと言った。彼は、グローバルコンプライアンスと社長室を担当していた。ナダ氏はケリー氏の腹心で、Zi-A社の届け出によれば、2012年以降ケリー氏と共に取締役の地位に就いている。彼は、イマヅ氏を3番目の取締役であるオオヌマ・トシアキ氏に引き合わせた。日産の社内文書と関係者によれば、オオヌマ氏は、長い間ゴーン氏の秘書的な業務を担当し、後払報酬に必要な書類の処理もしていた。
検察の取り調べや日産の内部調査に詳しい関係者によれば、その頃、イマヅ氏は、日産がゴーン氏のために使っているお金と後払報酬の全貌が見え始めていた。この年までに後払報酬は合計で8,000万ドルになっていた。
関係者によれば、反ゴーン氏のグループは弁護士に会って、彼らが発見したことをどう解釈すれば良いか、そうしたことがゴーン氏もしくは社内の他の従業員の犯罪を構成するかなどの調査を依頼した。この時の弁護士の中に、元検察の人間がいて、この人物が日産幹部に6月に発効したばかりの新しい法律を利用するように促した。その法律は犯罪容疑者が検察を助けることと引き換えに減免措置を要求できるというものだ。
夏の終わりまでには、このグループは検察に非公式に相談していた。関係者によれば、10月には検察はこれは犯罪になると判断した。イマヅ氏とそのグループは、正式の内部告発レポートを作成した。その中で、日産の子会社がゴーン氏に無償で家を提供するために使われていること、そして、財務報告書に掲載されている取締役の報酬の記述が不十分であることなどに言及した。
その時になってようやくこのグループは西川氏に全てを報告した。西川氏は2017年にゴーン氏が後継者としてCEOに就任させていた。西川氏はこのグループの行動を全く知らなかった。関係者によれば、最初は、彼の師匠の悪事を暴くストーリーに疑問を表明していた。西川氏は、正式の調査を開始し、結果を彼に直接レポートさせた。WSJによるメール調査によれば、ナダ氏は家屋に関するドキュメントの収集を開始し、行動を調査するためリオデジャネイロに飛んだ。ナダ氏はまた、ゴーン氏を逮捕するための詳細な計画を作成し、検察が犯罪を立証するための証拠集めも開始した。
日産の調査担当者たちはゴーン氏と直接衝突したくなかった。関係者によれば、調査担当者たちは、ゴーン氏がそのことを知ると、調査結果をもみ消すだけの力を持っていることを心配していたのだ。その代りに、調査担当者たちは、ゴーン氏が月例の取締役会に出席するため1119日に羽田空港に到着した直後に、検察が彼を拘束することを計画した。関係者によれば、ナダ氏は、ゴーン氏が逮捕された時に、検察が質問したいであろう人たちが、全員日産の事務所にいるように調整した。
日産の調査担当者のチームには、今度は、ゴーン氏の共謀者とされるケリー氏にも東京に居てもらう必要が出てきた。関係者によれば、ケリー氏はフロリダに反隠居状態で暮らしている。ナダ氏は、ケリー氏に電話をかけ、取締役会に出席して欲しいと告げた。関係者によれば、ゴーン氏は、日産幹部の人事変更を承認するための投票を計画していた。この人事変更で、西川氏をCEOから外し、ケリー氏を再任する予定だった。
ナダ氏は、通常はビデオ会議システムで取締役会に参加するケリー氏に、プライベートジェットに乗って東京まで来て出席して欲しいと迫った。ナダ氏は、ケリー氏が背中の外科手術に間に合う様に米国に帰れると確約した。
フライトレコードや関係者によれば、ケリー氏の飛行機は、1119日の午後早い時間に成田空港に到着した。ゴーン氏が羽田空港に到着する少し前だ。ゴーン氏が拘束されるとすぐに、ケリー氏の運転手は電話をもらった。そして車をパーキングエリアに停めた。ケリー氏は東京地検に引き渡された。
午後10時、いつもになく感情をあらわにした西川氏が記者会見に臨んだ。「申し訳ないを通り越しています。私はこの感情をどう表現して良いのか分かりません。私は強い怒りと失望を覚えます。」と彼は言った。
(お断り:分かりにくい部分は、意訳し、必要に応じて原文にはない補足を加えてあります。)