Monday, November 30, 2015

高齢化する日本は希望の兆しを探す【A1面】

高齢化社会となる2050年に人類はどう対処すべきかという連載の第一回に世界で最も高齢化が進む日本を取り上げた。

高齢化社会日本の明るい面と暗い面をバランス良く取り上げた力作だ。(WSJ日本語版に同じ記事が掲載されていたので、以下の和訳は同記事から借用させて頂きました。)
***** 以下本文 *****
東京都心のオフィスビル建設現場で、斉藤健一さん(67)は重さ約20キロの板を、まるで年齢が半分若返ったかのように軽々と積み重ねていた。
 その秘密はロボットスーツだ。腰回りと太ももを囲むように外骨格型のロボットスーツが装着され、肌にはセンサーが取り付けられている。このセンサーは斉藤さんが筋肉を動かし始めるのを感知し、その動きをアシストするよう機械に命令を出す。これで斉藤さんが実際に感じる重さは8キロほど軽くなる。
 ヘルメットをかぶった斉藤さんは「まったく10年前と同じだ」と話した。
 斉藤さんのロボットスーツは、この建設プロジェクトを請け負う大林組が行う実験の一部だ。それは同社だけでなく、日本が直面する最大の問題の1つ、つまり急速な高齢化による慢性的な労働力不足に取り組むためのものだ。ロボットスーツのおかげで、斉藤さんの働ける期間は延び、大林組も建設を続けることができる。
 高齢化が進めば経済が縮小するという言葉通り、過去に例を見ないペースで進む高齢化が日本に厳しい未来を突きつけている。このロジックに従えば、高齢者は非生産的で年金や医療の資源を浪費する存在であり、一方で労働や収入、消費、納税を通じて成長にほとんど貢献しないことになる。
 現在、日本の人口の25%が65歳以上だ。この割合は米国では13%にとどまる。日本では、高齢者と15歳未満の子どもからなる「従属人口」1人を支える生産年齢人口は1.6人にすぎない。
 この割合はすでに持続不可能なほど低いと考えられている。2050年までに、日本では従属人口1人を生産年齢人口1人で支えるようになる。1980年代の高度成長期、日本では2人以上で1人を支えていたが、これは現在の米国の割合とほぼ同じだ。
 悲観論者らは、容赦ない破滅への道から日本を救う唯一の方法は、急激かつ大規模な移民受け入れなどの劇薬しかないと指摘する。ただ、日本が世界でもまれなほど同質性の高い文化を維持してきた歴史を考えると、これは実現しそうにない。
しかし、高齢化の課題に取り組む日本の経営者や政治家、学者の数は増えている。彼らは緩やかな適応が高齢化社会の痛みを緩和するのか、負担を恩恵に変えさえするのか、見極めようとしている。
 楽観主義者の場合、増え続ける健康な60代や70代の人々を職場に戻すことから始める。これにより生産的な社会構成員が増えるばかりか、人口減少で手が回らない現場の仕事を手助けすることにもつながる。
 また楽観主義者らは、高齢化に関連する新たな成長エンジンにも言及する。例えば、労働力減少を見込んだオートメーション化(自動化)への投資ブーム、あるいは現役時代の勤労と倹約で積み重ねた貯蓄を使う高齢者をターゲットとした「シルバー市場」の成長などだ。日本のシルバー市場はすでに100兆円以上の規模に達しており、年間1兆円の成長が見込まれている。
 ビジネスコンサルタントで「シニアビジネス:『多様性市場』で成功する10の鉄則」などベストセラー書籍の執筆者である村田裕之氏は、「『アンチエイジング』から『スマート・エイジング』に発想を転換する必要がある」と指摘する。
 巧妙な高齢化戦略を作り上げる日本の能力は世界にも示唆を与える。他の国々もすぐに日本と同じ道をたどるからだ。国連の予測によると、2050年までには32カ国が、現在の日本よりも大きい割合の高齢人口を抱えることになる。
 先陣を切って高齢化社会に対処することをチャンスと捉える日本人もいる。ちょうど前の世代が、まずは日本国内で磨きをかけてから輸出した自動車や電化製品で世界的リーダーになったようにだ。
 ただ、現時点で日本から見えてくるのは、人口動態の変化による利益よりも痛みの方だ。
 安倍晋三首相によって打ち出された公共事業計画は、若い肉体労働者の不足で行き詰まっている。大胆な金融緩和で急速な円安をもたらした経済政策「アベノミクス」のおかげで、世界展開する日本の大企業は過去最高益をたたき出しているが、これら企業は利益を国内投資に向けるのをためらい続けている。人口縮小による長期的な成長余地の限界を嗅ぎ取っているからだ。こうした状況すべてに暗い影を落としているのは、年金負担で膨張する日本の巨額債務だ。
 それでも、この悲観的見通しは、その通りにはならないかもしれない前提条件に依拠している。つまり、65歳に達したら、社会を支える側から支えられる側に退かなければならないという前提だ。いまの60代や70代は、そして80代でさえ、前の世代に比べると活力があり、社会的負担も小さいことは明らかだ。こうした中、日本は「高齢化」を再定義している。
出生率の低下が日本の高齢化の一因ではあるが、体に良い食事や健全なライフスタイルの重視、国家的な医療制度を通じた著しい健康の増進もその要因のひとつだ。専門家は、予防治療を強調することで医療コストの削減につながっていると指摘する。
 日本人の平均余命は女性で87歳と世界で最も長く、米国人より5年長生きだ。男性は81歳で世界3位、米国人よりも4年長い。医学専門誌ランセットによると、人がひとりで生活できる期間の推計値である「健康寿命」は日本人が男女ともに世界最長で、それぞれ71歳、75歳だ。
 2年前には、日本人の登山家が80歳でエベレスト登頂を果たした最初の人物になった。また、高齢者の競技大会では日本人アスリートが圧倒的な強さを見せることが少なくない。
 日本の医療費は現在、対国内総生産(GDP)比で10%となっている。最も医療費の高い年齢層に人口が集中しつつあるにもかかわらず、この割合は先進国の中でほぼ平均に近く、米国の17%を大きく下回る。
 日本では高齢者の約5人に1人が働いているが、これは経済協力開発機構(OECD)に加盟する先進国の平均の2倍近くだ。65歳から69歳までの日本人男性の半分以上が仕事を持っているが、10年前は約4割だった。
 英金融大手バークレイズの6月のリポートによると、これに働く女性の人数を合わせれば、過去10年間における労働力の縮小は1%未満にとどまることになる。伝統的な定義での「労働力人口(15~64歳)」が8%減少しているにもかかわらずだ。
 株式会社「高齢社」は75歳までの労働力を派遣する人材派遣会社だ。この仕事の中にはつまらないものもある。高齢社から人材を採用したある装置メーカーは、この人物を東京で修理工の車に同乗させ、修理中も車にとどまらせて違反切符を回避する役割を担わせていた。
 過去1年間に複数の建設会社が6万人の高齢者を現場要員として追加採用した。国土交通省は4月、パイロットの年齢制限を67歳に引き上げた。
 長野県の曲がりくねった狭い道の外れにある会社「小川の庄」では、高齢者に「おやき」の製造を任せている。かつて、同社の退職年齢は78歳だったが、今は好きなだけ働いてもいい。
 ある日の午後、85歳の女性が小麦粉を練った皮でナスと味噌を包んでいた。76歳と91歳の男性2人がそれをトングでつかんで天井からつるされた大きな鉄板にのせ、時折ひっくり返していた。
 小川の庄で週に3日働く松本藤子さんは、「おやきを作るのは百姓仕事と違って手の先を使う仕事だから、身体への負担も少ないし、続けられる」と語る。
 高年齢労働者は、さらに高齢な人の介護という日本で労働力が最も不足している仕事を埋めるのにも重要な役割を果たしている。すでに日本の失業率は低いが、厚生労働省は労働者が足りないセクターの約14%を介護セクターが占めると試算している。こうしたミスマッチは介護需要が拡大するにつれて大きくなるだろう。
このミスマッチは雇用されていない高齢者がより多く参入すれば埋められるかもしれない。介護職に就く約3割の人が今や60歳以上で、10年前の2割から増加している。
 藤塚二三男さん(73)は、自身が経営するゴム製品メーカーが破綻した後、介護サービスを手がけるセントケア・ホールディングスに入った。藤塚さんは週5日勤務で、時には朝7時半に出勤し、そこから自転車で近くの家庭を訪問して顧客である80代や90代の高齢者を入浴させたり着替えさせたりする。
 日本はますます高年齢労働者に頼るようになっているが、必ずしも良い側面ばかりとは限らない。高齢者の多くが喜んで働くと言う一方で、年金受給額の少なさやその他の経済的事情で働かざるを得ない人もいる。65歳以上の日本人の25%近くが貧困ラインを下回る生活を送っているが、これは全人口で測った割合を約40%上回る。
 雇用主は高齢者を安価な労働力とみなしており、退職した正社員を賃金の低い非正規社員として再雇用することもある。これは、賃金低下が続いた悪夢の10年間に終止符を打とうとする日本政府の努力を根底から揺るがしている。
 千葉県で高齢者就農支援組織を運営する関根勝敏さんは「若い人にくらべて、少し賃金を抑えられる」と話す。同氏の農園では20人近くの高齢者が果物や野菜の収穫に携わっているが、彼らに支給される賃金は現行賃金の8割だ。
 高年齢労働者にできることは、若い労働人口の縮小分を埋める程度でしかない。自分で選んだにしろ身体的な理由があるにしろ、高年齢労働者の多くは週に数時間しか働かない。千葉県柏市にある特別養護老人ホーム「柏こひつじ園」の幹部は、そこで働くパートタイムの高年齢労働者40人の労働時間が正社員の3~4人に相当すると見積もっている。
 また、施設入り口の暗証番号など重要な情報を突然忘れた高年齢労働者にどう対処するかという、複雑な問題と格闘する雇用主もいる。
 時には、大林組が建設現場に導入したロボットスーツのように、高年齢労働者の足りない部分を補うテクノロジーが解決策になる場合がある。都心から車で1時間ほど走った場所にある特別養護老人ホーム「藤沢愛光園」は6月、筑波大発のベンチャー企業サイバーダインからロボットスーツ「HAL」を導入した。
 北海道ではジャガイモを栽培する60歳の農業従事者らが、かがむ負担を軽くするゴム製の「スマートスーツ」を着用していた。羽田空港で荷物を扱う作業員も同様のアシスタントスーツを着ている。
 単に高齢者がその仕事をできない場合、あるいは人手が見つからない場合、日本のメーカーはロボットに活路を見いだし、コストを抑えるばかりか持続的な成長にもつなげようとする。
 三菱東京UFJ銀行は受付係として19カ国語を話す小さなロボットを配置した。また、長崎県ではスタッフの大半がロボットというホテルが7月にオープン。コマツは建設現場に導入する自動運転車両を開発中で、産業用ロボットのファナックは互いに修理しあう機械を設計中だ。
 トヨタ自動車は「生活支援ロボット」の実用化を目指している。これはテレビ電話やリモートコントロール機能が搭載されたアンドロイドで、家族や友人が遠く離れた場所から、まるで家にいるかのように年老いた親の世話をすることを可能にする。あるデモンストレーションでは、息子がタブレット端末を使って寝たきりの父親の部屋を見回し、ロボットにカーテンを開けて父親に飲み物を持っていくよう指示していた。
 ソフトバンクグループは今年6月、日本国内でヒト型ロボット「ペッパー」の販売を開始し、世界から注目を浴びた。同社によると、ペッパーは感情を理解できる世界初のロボット。当初、この身長120センチの白いロボットは介護ヘルパーなどの用途に使われていた。
神奈川県内での実演で、ペッパーは80代から90代の高齢者30人を40分間楽しませた。ペッパーはそこで軽い運動の指導を行ったほか、高齢者が色や文字を認識できるかを試した。女性たちは孫であるかのようにペッパーの頭をなでていた。
 開発者のひとりである居山俊治氏は、別の機会で認知症患者と触れ合ったときのペッパーのビデオを流しながら、このロボットが時には人間より良い仕事をするかもしれないと話した。「このおじいさんは認知症だが、ペッパーに同じことをずっと話しかける。人間だとちょっと嫌な顔をすると思うが、ロボットはずっと『そうですか』って話を聞いているのだ」
 居山氏が経営するフューブライト・コミュニケーションズは、急成長する高齢者向けIT市場に照準を定めた社員3人の新興企業だ。社名のフューブライトは「フューチャー(未来)」と「ブライト(明るい)」を組み合わせて縮めたもの。居山氏は「日本の未来は暗いとイメージされていると思うが」と前置きした上で、「考え方によっては、こういうフィールドとこの技術を試せる場所はここ(高齢者向けIT市場)しかない」と話した。
 新たな労働形態と技術が日本経済の供給サイドを変質させているが、次第に重要性を増す「シルバー市場」が成長を後押しする中で、これに並行して進む展開が需要サイドも変化させている。
 日本の高齢者が人口全体に占める割合は依然として3分の1以下にすぎないが、彼らは1700兆円に上る家計金融資産の約6割を保有している。また貯蓄の必要がなくなった人も多いため、高齢者は国内消費の約半分を占めている。
 日本全体における消費支出の増加ペースは弱いが、UBS証券のエコノミストらはシニア市場の拡大が、少なくとも一時的には、人口縮小から生じる悪影響を埋め合わせる以上の効果をもたらすだろうと信じている。
高齢者はすでに日本の消費市場の姿を変えている。政府が今年、消費者物価指数に採用される588品目を見直した際、補聴器やサポーターが追加される半面、お子様ランチやテニスコート使用料などは廃止された。
 一方、企業は高齢者の消費を取り込む新製品や新たなマーケティング戦略に投資している。
 パナソニックは昨年秋、シニア層向けに使い勝手が良く軽量な「Jコンセプト」と呼ばれる家電ラインナップを立ち上げた。この中には取り出す負担を最小限にし、見やすいコントロールパネルが搭載された洗濯機や冷蔵庫が含まれる。同社は今年、傘下のパナソニックエイジフリーサービスの従業員数を最大で10倍となる2万人に増やす計画を明かした。
 味の素は2013年、「サクセスフル・エイジング」をスローガンにした「アクティブシニア・プロジェクト」を発足させた。ここでは病気の早期発見につながるとされる医療診断の実施だけでなく、筋肉や骨の衰えを防ぐ健康サプリメントが販売された。
 同社の西井孝明社長は「国内マーケットは縮小していくと思うが、利益成長していくことはできる」と述べた。
 また、シルバー市場は高齢者が住みやすくするための増改築ブームを引き起こした。
 宅配サービスも重視されるようになった。セブンイレブンは現在73万世帯に食品を配達しているが、同社はこの事業が毎年2倍のペースで拡大するとみている。日本郵政は米アップルおよびIBMと組み、月額1000円で「みまもりサービス」を開始した。これは郵便配達員が高齢者の家を訪問する際に生活の様子を確認し、専用の「iPad(アイパッド)」を使って結果を家族に知らせるという内容だ。
イオンは2013年、「グランド・ジェネレーション(最上の世代)モール(GGM)」に店舗をリニューアルさせる事業に取りかかった。GGMの食品売り場では半分のブロッコリーが用意されるなど、1人暮らしの高齢者向けに生鮮食品が小分けにして売られている。GGMでは編み物やパソコン教室、アマチュアミュージシャンのためのレコーディングスタジオなども組み込まれ、活動的な高齢者を引きつけるのに役立てている。
 現在、高齢者が店舗にいる時間は50%延び、使うお金も40%増えた。
 「お見合いサービス」という潜在市場すらある。越川玄さん(72)は首都圏に住む独身高齢者をつなぐ「三幸倶楽部」を16年間運営している。この事業は越川さんの趣味と言ってよく、利益は度外視されている。同氏は来年、全国6都市にサービスを拡大させる計画だ。
 シルバー市場の成長が認識されるにつれ、日本で最も注目されるようになったビジネス流行語のひとつが「終活」だ。これは人生の最終章に備える人々をターゲットにした商品やサービスが爆発的に増えたことからも明らかだ。
 ある9月の週末に開かれた「第3回 終活フェスタin東京」には宝飾店や旅行会社など50の企業や組織がブースを構え、会場には3400人が訪れた。イベントでは猫のようなマスコット「シュウキャッツ」が頭に「いきいき」と書かれた赤いはちまきを巻き、カメラの前でポーズを取っていた。
イベントに参加した朝日新聞は自伝の執筆を手助けするサービスについて説明した。このサービスは、99万9000円で記者が最初から自伝を書き起こしてくれるという内容だ。ある着物メーカーは火葬の際に身につける着物を宣伝していた。
 イベント会場では多くの人がハウスボートクラブの従業員から、あるクルージングの説明を聞いていた。このサービスでは、最終的に自分の遺骨を海にまいてほしいかを確認するため、乗客が偽物の遺灰を東京湾にまくことができるのだ。近くには散骨クルージングを提供する競合2社の関係者もいた。バルーン宇宙葬は26万円で、遺灰を彩り豊かな熱気球で天まで届けてくれる。
 企業はこうした商品やサービスを積極的に市場投入しているが、その一因は人口減少で家族が伝統的な墓を守るのがますます困難になってきたからだ。
 一般社団法人、終活カウンセラー協会の創設者で代表理事を務める武藤頼胡氏は商談のざわめきの中で、「単純に(考えて)、もちろん若い人がたくさんいた方がいい社会だとは思う」と指摘。
 「ただ、日本はもうこれだけ超高齢社会になっているのが現状だ。これを暗い社会だと思わないで、すごくネガティブにとらえない。そこにビジネスチャンスがあるかもしれない」