Wednesday, August 12, 2015

もしGDPが弱ければ、追加の刺激策が必要だと側近が語る【A12面(国際面)】

本田内閣官房参与が、WSJのインタビューに応じて、3兆円規模の追加景気刺激策が必要との考えを示したというニュースが、国際面に掲載された。


安倍首相の経済顧問をつとめる本田悦郎氏が、安倍首相の側近でははじめて、追加景気刺激策が必要との考えを示したとしている。来週月曜日に発表される4-6月四半期のGDP予測を、独自の取材で予測しているのは、多分日本の新聞でもないと思う。さすがに、WSJという記事だ。

**** 以下本部 ****

「安倍晋三首相のアドバイザーが、もし来週発表されるデータが経済が縮小していることを示す様であれば、200億ドルを超える新たな刺激策が必要だろうと語った。この発言は、安倍首相の経済再生計画が頓挫しているという懸念を示している。」
「ウォールストリートジャーナルが調査した20人のエコノミストによれば、日本のGDPは、4月~6月の四半期に1.9%縮小している可能性がある。これは輸出と消費者支出が弱いことによる。2015年第一四半期の堅調な成長とは反対だ。政府はGDPの数値を月曜日に発表する。」
「『スランプの程度が私が予測していたよりも悪い。経済は景気回復基調にのるにはゆっくりすぎる。』と安倍首相のアドバイザーである本田悦朗氏は述べた。」
「元大蔵官僚で明治大学客員教授の本田氏は、もし4~6月期の数値が弱ければ、政府は3兆江(約240億ドル)のパッケージを支出すべきだと述べた。安倍首相の側近がこうした対策を公言するのは初めてだ。」

Tuesday, August 11, 2015

日本は中断の後原発を再稼働させる【A5面(国際面)】

川内原発再稼働を11日の国際面で速報した。


WSJは、原発には非常に関心が高く、またこれまで基本的には原発再稼働に賛成と思われる記事を掲載してきた。しかし、この記事は日本での再稼働はリスクが高いという批評家のコメントの引用で終わっており、再稼働にあまり好意的ではない様に読める。

***** 以下本文 *****

この記事は次の様な書き出しで始まる。
「日本は、火曜日に、2011年の福島の原発事故の後新しい安全基準が導入されて初めて、原子炉のうちの一つを再稼働させた。これにより、全ての原子炉が停止していた2年間に終止符が打たれた。」
「九州電力は日本の南部にある川内原発の第一原子炉の制御棒を午前10時半に抜いた。九州電力によれば、原子炉は週末までには電気の生産を開始し、検査の後の9月頭には稼働を再開させるとしている。同原発の第二原子炉は今年の後半にも再稼働の見込みだ。」

暫く要約する。

日本には43のの原子炉があるが、2013年9月以来、全く稼働していなかった。再稼働は、新基準を満たすのが困難で遅れていた。今のところ、新基準をみたした原子炉は5つしかない。福島の災害の前は、日本の電力の30%は原発によって賄われていた。しかし、災害の後は、90%近くを、石炭、ガス、石油に頼ってきた。

この記事は次の様なコメントで締めくくられている。
「安倍晋三首相とその内閣は、日本が輸入資源に頼るのを避けるために、原発を再稼働させたいと言ってきた。世論調査によれば、日本人の大多数が再稼働に反対している。そして、この問題は、安倍首相の支持率を低下させている。」
「批評家達は、地震やその他の自然災害に見舞われる可能性の高い日本での、環境リスクについて言及している。」

Monday, August 10, 2015

首脳達が長崎の記念式典に出席する。【A8面(国際面)】

長崎の原爆式典について、10日の国際面で速報した。



WSJは、昨年は、広島、長崎の式典のいずれも報道しなかったが、今年は広島、長崎両方の式典を速報した。オバマ大統領がガテマラー国務次官を、広島、長崎両方の式典に派遣したことを報じている。安倍首相が、オバマ大統領と同じく、核無き世界を追求しているという文章で終わっている。

*****以下本文*****

「日本は、安倍晋三首相と多くの海外の首脳達が、アメリカが長崎に原爆を投下してから70周年の記念式典に出席した。」
「1945年8月9日に日本の南部の市に原爆が投下された時刻である11時2分に鐘が鳴らされた。この原爆で約7万にの命が失われた」
「アメリカからは、軍備管理・国際安全保障担当のローズ・ガテマラー国務次官らが出席した。彼女は3日前に広島で開催された、原爆投下70周年記念の行事にも出席した。」
「安倍首相は、日本は核兵器無き世界を引き続き追求していくと述べた。」

Thursday, August 6, 2015

ある家族の時計が盗まれたことは世界にとっての損失【A12面(国際面)】

国連に展示されたいた原爆の悲惨さを伝える貴重な懐中時計が盗難にあったという記事が、広島原爆の日の8月6日の国際面に掲載された。



この懐中時計は針が無くなっているのに、8時15分の影が焼き付いている。この時計の所有者の遺族が、この時計が見つかることも重要だが、それ以上に世界の人にこの時計にまつわるストーリーを知ってもらい、平和の尊さを学んでほしいという趣旨の発言をしていることを紹介している。

***** 以下本文 *****

この記事は次の様な書き出しで始まる。
美甘進示(みかもしんじ)さんは、1,500ヤード先で閃光が光った時、父親の家の屋根の上で働いていた。彼の皮膚は焼け爛れ、目は殆ど開かない状態だった。」
「3ヶ月後、父と離ればなれになり、仮設軍事病院で回復した彼は、家が建っていた所へ戻った。そこで瓦礫の山を掘って彼はまた閃光を見たのだ。それは太陽が何かに反射したものだった。彼の父の懐中時計だった。」

暫く要約する。

その時美甘さんは、父が死んだと悟ったという。その時計の針は無くなっていたが、8時15分を示す影がそこに焼き付いていた。針が止まった時計は広島で沢山見つかったが、進示さんの時計の様に針が無いのに時間が読めるのは珍しい。進示さんは、その時計を広島平和資料館に寄付し、1985年には国連の広島長崎展のために貸し出すことに合意した。ところが、展示中にこの時計が盗まれてしまったのだ。

この記事は次の様なコメントで締めくくられている。
「国連のスポークスマンであるファランハク氏は水曜日に、国連は未だにこの時計に何があったのか把握していませんと語った。そして『この時計が無くなったことは、国連の全ての訪問者にとっての大きな損失でもある。』と語った。セキュリティーを担当する役人もこの事件に関係するいかなるファイルも見つけることができていない。」
「(進示さんの娘の)章子さんは、国連が捜査を再開してくれるのは嬉しいと述べた。そして『しかし、私自身の目的は平和のメッセージが広がることです。ですから、私は世界中の一人でも多くの人にこの時計について知ってもらいたいし、私の家族の被爆後の人生談や広島の人達がこうしたことを許していることを知ってもらいたいのです。』と語った。」

70年が経過、広島の生存者は語る【A12面(国際面)】

8ヶ月の時に被爆し、その後、広島の悲惨な体験を日米の学生に語り継いでいる近藤さんという女性について、WSJは広島原爆の日の国際面で取り上げている。


日本に平和主義がしっかりと根付いているのは、近藤さんの様な戦争経験者が語り部として惨状を語り継いでいること、授業や報道などでも、繰り返しこうした惨状が取り上げられていることが大きいとしている。そして、安保法案を成立させようとしている安倍首相もこうした平和主義のうねりの中で立ち往生していると報じている。
(ほぼ同じ記事がWSJ日本語版に掲載されていましたので、下記の文章はそこから引用っせて頂きました。)
***** 以下本文 *****
近藤紘子(旧姓:谷本)さんは毎年、ところどころ破れた小さなピンク色の服を持って生まれ故郷を旅する。それは近藤さん一家が70年前、世界初の原爆投下を生き残った日に近藤さんが着ていたものだ。
 近藤さんは当時、生後わずか8カ月だった。近藤さんは8月6日の広島原爆の日の時期に行われる語り部ツアーで、自宅を破壊し何十年も近藤さんを悩ませている惨状を学生たちに語っている。
 10代の頃、裸でステージの上に立ち、放射線の人体への長期的影響の兆候を確認しようとする医者や科学者からこと細かくじろじろ見られたとき、どれほどの屈辱を感じたか。あるいは、米国人の婚約者の親族が被ばくした近藤さんは子どもが産めないと考えたため、婚約者に結婚式の直前に見捨てられたときの思い。近藤さんは一般の米国人についても語る。彼らは被爆者のために食糧を送り、家を建て、戦後何十年にもわたって「精神養子縁組」でつながった広島の息子、娘たちの誕生日に小切手を送り続けた。
 近藤さんは学生たちを父親の教会があった場所にも案内している。原爆投下後、教会は倒壊し、近藤さんはがれきの下敷きになった。また、すさまじい破壊から逃がすため、父親が負傷者―中にはひどいやけどをした人もいた―を手漕(こ)ぎの舟で何度も運んだ川や、数千人が避難を求めた赤十字病院へも学生たちを連れて行く。
米国のジャーナリスト、ジョン・ハーシー氏が原爆投下直後の広島の様子を描いた著作「ヒロシマ」に近藤さんは短く登場している。この本に採り上げられたことで、近藤さんは広島の使者としての道を歩むことになった。
 近藤さんの父親、谷本清氏は米国で教育を受け、日本の教会で牧師をしていた。ハーシー氏が1946年春に広島を訪れたとき、谷本氏は原爆投下直後の恐怖と混乱を詳しく語ってくれた。
ハーシー氏の「ヒロシマ」には、「やけどをした人、血の流れる人の列また列」の脇を通ったり、死にそうな人たちのために水を探し回ったり、舟の上で死んでいる男性にわびてから遺体を移動させて生存者を運んだりした谷本氏の姿が描かれている。
 近藤さんは母親と共に牧師館の下敷きになった。隙間から差し込む「一筋の光」を見つけた母親が30分ほどかけて穴を開け、近藤さんは外に押し出された。
ハーシー氏の記述によると、谷本氏は妻子と再会しても、「気分的に疲れきっていたので、もう何事にも驚かない。夫人を抱きよせもせず『ああ、無事だったか』といっただけである」。「ヒロシマ」は1946年8月にニューヨーカー誌に初掲載された。広島と長崎が世界で唯一の被爆都市となった翌年のことだ。
 1945年、米国は東京をはじめとする日本の主要都市を爆撃し、沖縄を占領した。しかし、日本は絶望的とみられる戦況にもかかわらず、降伏の要求に抵抗した。
米国は原爆投下で戦争を早く終わらせ、日本本土侵略を回避しようと考えた。日本は長崎への原爆投下から6日後、降伏した。米国は核兵器を使用せずとも同じ結果を達成できた可能性があるとの議論は、今も歴史家の間で絶えない。
ハーシー氏と知り合ったことで谷本氏は戦後の米国で反核運動に担ぎ出される。
 谷本氏は1955年の訪米時、ロサンゼルスに招かれ、「This Is Your Life(これがあなたの人生だ)」という米NBCのテレビ番組に出演した。
 番組は谷本氏の家族を秘密のゲストとして招待。近藤さんは家族とともに父親に内緒で渡米していた。秘密のゲストはもう1人いた。広島に原爆を投下した米軍の爆撃機「エノラ・ゲイ」の副操縦士、ロバート・ルイス大尉だった。
 10歳になっていた近藤さんはしばらくルイス大尉を見つめていた。ずっと「悪いやつを蹴っ飛ばしたりかみついたり、たたきたい」と思っていた。
かわりに、近藤さんはルイス氏のところに歩いていって、その手に触れた。その直前、近藤さんは、番組の司会者に原爆を投下したあとどんな気持ちだったかと聞かれたルイス氏の目に涙があふれていることに気付いていた。近藤さんの記憶によると、ルイス氏は飛行日誌に「My god, what have we done?(ああ、私たちはなんてことをしてしまったんだ)」と書き込んだと答えた。
 「私が変わった瞬間だった」。近藤さんは今年初め、日米の若い芸術家グループにそう語った。「私は自分に言い聞かせた。『神様、この人を憎んだ私を許してください。憎むなら戦争を憎むべきなのです』と」
 近藤さんは後に牧師となった日本人男性と結婚し、2人の女の子を養子に迎えた。近藤さんは現在、頻繁に日米の各地を訪れ、自らの体験を語っている。
 日本に平和主義が深く根付いているのは近藤さんや同じ意見を持つ人々がメッセージを伝え続けてきたからだ。日本人は何世代にもわたって授業や報道、年上の親類との会話から第2次世界大戦時の日本各地の惨状について学んでいる。
 安倍晋三首相は今年、中国の台頭など日本の安全保障に対する新たな脅威への対応を目指し、海外での自衛隊の役割を拡大する法案を議会に提出した。首相はこのとき、平和主義の力を感じた。政府は法案を提出するため、日本の敗戦後に米国の占領軍が起草した憲法の解釈を変更しなければならなかった。
 安倍氏が、9月中の成立が可能になる7月16日の衆議院での法案可決を決断すると、内閣支持率は40%を割り込んだ。 

灯籠流し【A7面(国際面)】

8月6日原爆投下から70年を迎えた広島の元安川で行われた灯籠流しの様子を大きな写真入りで伝えた。


昨年の8月6日には、広島に関する記事を掲載しなかったが、戦後70周年を迎える今年は、一気に3件の記事を掲載した。

***** 以下本文 *****

少女が、70年前に広島に投下された爆弾の犠牲者を追悼して、原爆ドームに面した元安川に灯籠を流した。

Monday, August 3, 2015

日本は高等教育について再考する【A8面(国際面)】

安倍首相が進める高等教育改革についての記事が国際面に掲載された。



安倍首相が、公立大学に対し、職業訓練によりフォーカスした大学に変貌する様に指示したのに対し、そうした動きは一般教養の軽視につながりかえって人材育成力を弱めるとの批判があると報じている。ここまでは、先進国でよくある議論だが、日本の大学が他の先進国と大きく違うのは、多くの授業が大教室形式でディスカッションのない授業になっていることだとする。学生は授業の準備をする必要が無いので学生の質が低下する。しかし一番問題なのは、大学が政府の補助金頼みで、こうした安倍首相の指示に無批判に従わざるをえないことだとする。日本の大学は、外部からの研究委託等、補助金以外の収入源を見つけないと、学の独立を維持し自分たちのやりたい教育をすることが出来なくなると言っている様に読める。

***** 以下本文 *****

「日本は、より良いスキルを身につけた卒業生を渇望するビジネス界と手を組んで、一般教養プログラムを犠牲にして、公立大学の改革に取り組んでいる。」
「安倍晋三首相の目標は、日本の国立大学を、科学研究分野でのグローバルリーダーたる大学か、職業訓練にフォーカスした大学のいずれかに変換させることだ。」

長い記事なのでしばらく要約する。

国の補助金に依存している86の国公立大学は、6月30日までに改革案を提出することを求められ、補助金は政府の方針に従うか否かによって増減することを告げられた。安倍首相のこの改革の目的は、大学を研究にもっとフォーカスさせると同時に、企業から求められる国際的に競争力のある人材を育成することだ。こうした動きにより、一般教養が犠牲になるのは間違っているという批判もある。そうした批判は、企業が求める有能な人材の育成のために大学改革に取り組む他の先進国にもある。日本では、それに加えて、大教室でのディスカッションのない授業に対する懸念もある。企業の求める人材像と卒業生のミスマッチにより、終身雇用が標準である日本で、30%もの大学卒業生が、3年以内に最初に就職した会社を辞めているのは驚くべきことだだ。
例えば、愛媛大学では、地元経済に貢献するために旅行業や漁業に適した人材の育成プログラムの創設を考えている。こうした新しいプログラムは、学会やビジネス界のリーダーからなるパネルによって作られ、講師もパネルが指名する。企業ですら、外部取締役の採用を求められているのだから、大学でも外部パネルの力を活用する必要があるとする。愛媛大学のこうした取り組みに対しては、有能な人材とは、政治や社会的問題について理解があり、社会的問題に取り組む意欲のある人間であり、その意味で一般教養を軽視すべきではないという批判がある。学生からも自分の将来について悩む若者にとって、一般教養の授業は自分の興味がある分野も見つける一助になるという声がある。こうした学生は同時に、今の大教室授業が生徒のやる気をなくし、卒業生の質を落としていることも認めている。今の学生の3分の2は、授業以外で、1日に2時間以下しか勉強していないのだ。
ビジネス界でも、企業が求める人材を大学が排出するためには、企業の側が求める人材を、もっとはっきりと大学に伝えるべきだという意見もある。日本の大学はその70%を政府からの補助金に頼っているので、補助金は大学変革を促す重要な武器になる。18才の人口は2050年には今の半分となり、大学間の学生獲得競争はより激しくなるのだ。

この記事は次の様なコメントで結ばれている。
「政府の役人は、カリフォルニア工科大学の様な学校を見習って、収益の源を多用化する様に、公立大学に求めている。カリフォルニア工科大学では、2012-13年度の6億6百万ドルの収入のうちの56%を、外部からの研究委託で賄っている。日本のトップ大学である東京大学では、研究委託からの収入は22%で、政府からの補助金が45%だ。」
「安倍首相のゴールは世界のトップ100の大学の中に、日本の大学を10大学ラインインさせることだ。イギリスのタイムズ高等教育という雑誌によれば、2大学しかランクインしていない。23位の東京大学と、59位の京都大学だ。」