Sunday, January 31, 2016

** 1月のまとめ **

1月にWSJに掲載された日本関係の記事は、5件と少なかった。日本関係の記事の月掲載回数は、2014年が15件、2015年が9.2件と減少傾向にあるが、日本の国際社会におけるポジションの低下を象徴している様で寂しい。

テーマ別では、政治関係が1件、経済関係が4件だった。

1月29日に日銀が発表した「ゼロ金利政策」は、世界経済に大きなインパクトを与えているが、WSJはこの記事を29日、30日と2日連続で1面で伝え、30日には社説でも取り上げた。金融政策だけに頼る日本の経済政策を疑問視し、規制緩和等による経済活性化を訴えている。30日の1面記事は、世界各国の経済政策を比較して、ゼロ金利政策の効果を疑問視しているが、これだけの内容のある記事が日銀の発表後たった1日で準備出来るのは、さすがWSJだと感じた。

経済関係の4件のうち、3件がゼロ金利政策だったが、残り1件はトヨタ社長が自動運転推進に舵を切ったと言うニュース。この記事も独自取材に基づく力作だ。WSJは一企業にスポットを当てたこうした記事が得意だと思う。

政治関係では、1月29日に公開された日本初のステルス機について取り上げた。日本は、米露中に次いで世界で4番目にステルス機の開発に参入したことになる。WSJは、日本の狙いはステルス機の独自開発よりも、戦闘機開発に関する独自技術を蓄積することにより、国際的な武器開発共同プロジェクトに参加することにあるとしている。

1月の5件の記事から浮かび上がる日本のイメージは、軍事力を強化して地域の安定に寄与しようとしているが、経済政策は中途半端、しかし独自の面白い技術(トヨタの自動運転関連技術、ステルス戦闘機関連技術)を持っているといった感じだろうか。

掲載箇所別では、1面が3件、社説が1件、国際面が1件で、1面掲載記事が多かった。1面で取り上げられたのは「トヨダの自動運転推進決定」「日銀のゼロ金利政策導入決定」で、トヨタや日銀の決定が国際的にインパクトがあるというこどだろう。

Saturday, January 30, 2016

日本はマイナス金利へ【A10面(社説)】

29日に日銀が発表したゼロ金利政策について、翌30日の社説で取り上げた。


日本が遂にゼロ金利政策の導入に踏み切った。これにより、欧州、日本という経済先進2地域の両方が、ゼロ金利政策と量的金融緩和の両方を実施したことになるが、両地域とも期待された効果が出ていない。その理由は、両地域とも硬直化した労働市場などの規制緩和が進んでいないからだとしている。黒田総裁にこれ以上打つ手は無く、安倍首相が安保よりも規制緩和を優先させない限り、日本は時間切れになると手厳しい。

***** 以下本文 *****

「日銀の黒田総裁は、金曜日にまたもや驚きをもたらした。銀行の準備金にマイナス0.1%の金利を課すことを発表したのだ。その日の終わりまでに、円はドルに対して1.75%下落し、日経株価は2.8%上昇し、最近の傾向は反転した。」
「しかし、マイナス金利は量的緩和よりも実態経済に効果があるのだろうか?12月のデータによれば、日本は殆ど成長していない。工業生産は11月に比べて1.4%減少、消費者支出も前年比4.4%の下落だった。インフレ率は0.2%で、黒田氏は目標としている2%に2017年よりも前に達成出来ないと認めざるをえなかった。」
「日銀による国債の購入は、日銀のバランスシートを拡大させ、その規模はGDP比で2013年の35%から75%に達した。米国連邦準備銀行のバランスシートはGDP比25%だ。しかし、日本の銀行の貸出残高の伸びは、現在年間2.2%で、予算を大きく下回る。企業には約2兆ドルの現金が積みあがっており、実質賃金は減少傾向にある。」
「経済学者であるリーチャードカッツ氏は指摘する。先進国の輸出高に占める日本の割合は、円の価値が30%も下落したにもかかわらず、2005年~2007年の8%から2015年~2017年には6.5%に縮小した。低成長の世界において、通貨の価値低下は、自国の国民を貧乏にし、資本逃避を誘発するリスクがある。」
「低金利は銀行と企業にもっと大きなリスクをとる様に促すいちかばちかの動きにみえる。しかし、日銀にとっても国債を買うのをより困難にする。なぜなら、銀行が国債を保有するからだ。黒田氏は準備金への金利をさらに下げることを示唆しており、それへのヘッジのためだ。日銀が購入する国債は既に不足している。黒田氏の新しいバズーガは市場の興味を便宜的にシフトさせただけだ。」
「マイナス金利が量的緩和よりもより効果的だという証拠はあまりない。欧州中央銀行は2つの対策を逆の順番で行ったが結果は同じだった。2014年6月、欧州中央銀行のマリオドラギ総裁は銀行準備金への金利をマイナス0.1%まで引き下げた。7ヶ月後にマイナス金利があまり効果が無いことがわかると、彼はソブリン債の買取りを開始した。いまやユーロ圏はリセッションに向かっている。彼は更なる金利低下と国債の買取りを約束している。」
「日本と欧州において新しい形での金融政策への挑戦が失敗に終わっていることは、資源をより生産的に使用させるための大きな改革が必要な社会においては、いくら中央銀行が金融政策を実施しても経済は成長しないことを示している。『糸を押すことは難しい。』という比喩は未だに当たっている。企業が有望な投資先を見つけられない場合、いくら資本が安くても資本の創出は止まったままだ。」
「韓国との違いは驚くほどだ。1990年代後半のアジア通貨危機の時、韓国はその経済を開放し、より大きな競争に晒した。いまや韓国企業は日本の同業他社と比べてより早いペースで成長している。韓国のパク・クネ大統領は規制だらけの労働法の改正を推し進めている。一方で、日本の安倍晋三首相は安保法案の成立を優先させ労働法案の成立を遅らせた。」
「安倍氏は規制緩和を含めた市場寄りの公約を打ち出して選挙戦を戦った。しかし、この3年間財政支出を拡大させているだけで、選挙公約の実施はためらっている。黒田氏にはこれ以上市場を驚かせるネタがなくなってきているが、安倍氏にとっては改革に真剣に取り組むための時間が無くなってきている。」


何かやらねばと思う中央銀行が限界を押し広げる【A1面】


日銀のマイナス金利導入をきっかけに、今後世界の各中央銀行がどの様な政策を取るかという分析記事が1面に掲載された。


日銀が円安を目的にマイナス金利を導入したが、ある国がマイナス金利を導入して通貨安が実現されると、その貿易相手国もマイナス金利を導入して通貨安を実現しようとするので、マイナス金利は際限なく行われ取り返しのつかないことになると示唆している。暗い気分にさせられる記事だ。

***** 以下本文 *****

「世界中の中央銀行が経済を活性化するために新しい試みを行っているが、そこからは、少ない成長と不安定な市場に蝕まれている世界経済における、金融政策の重要性と限界が見えてくる。」
「日本銀行は、主要な短期金利をマイナスに設定することによって、欧州の同僚達の仲間入りを果たした。こうした動きは銀行の総裁が取るべき方向性としては長い間否定されてきたものだ。
この動きが起きたのは、欧州中央銀行の総裁が3月に追加の金融刺激策の開始することを準備していると示唆した数週間後、米国連邦準備銀行が市場の不安定さや海外の成長鈍化についての新しい懸念を表明した数日後に当たる。」
「2015年の最後の月に米国経済が不振だったという新たなデータは、再度の金利引上げのタイミングについての連邦準備銀行の配慮に黒雲をかけるものだ。経済生産を最も広範に示す指標であるGDPは,、米国では第4四半期に0.7%成長しただけだった。輸出と企業投資の縮小が大きく影響した。」
「消費者支出の伸びや労働市場の明らかな強さにもかかわらず、米国の数値の弱さは、低調な世界経済が米国に悪影響を及ぼすのではないかという懸念を増長させている。」
「世界中の市場は日本の動きに高揚している。日本の動きは、先の欧州中央銀行による確約を更に推し進めたものだ。」
「日本の日経株式平均は不安定な展開ではあったが2.8%の値上がりで終わった。一方で日本国債の金利は記録的な低さまで下落した。上海株式指標は3.1%跳ね上がり、株式欧州600は2.2%上昇、米国でもダウ平均株価が400ポイント上がるなど株価が上昇した。」
「日本の決定は、銀行が余剰となる準備金を中央銀行に預金する場合に0.1%のペナルティーを科すというものだ。この動きは、停滞する経済を刺激するために、中央銀行がどれだけ強力なことをせなばならないかを示すものだ。この動きは、20年間続いた低いインフレとさえない成長に終止符を打つことを目的に導入した大胆な金融緩和策に続いて導入されたものだ。結果として、日銀は年間80兆円の資産を購入している。これは日本の経済規模の1/5に相当する。」
「しかし、日本のインフレ率は弱い水準に止まったままだ。日銀が目標にしている2%に遠く及ばないばかりか、経済は再び停滞する兆しを見せている。」
「日本の動きは通貨市場にも押し寄せ、円はドルに対して2.2%も下落した。一つの中央銀行による緩和が、他の中央銀行にどの様な圧力をかけるかを示している。」
「強いドルと日本と欧州で取られる金融緩和政策の継続により、米国連邦準備銀行の今年金利を徐々にあげていこうとする目的は、難しくなっている。16の主要通貨に対するドルの水準は過去13年間に最も高い水準にある。」
「中国からハンガリーまで、インフレを誘発し、経済を仮足させることを狙って今までとは異なった金融政策を行った国々では、その成果は似た様なまだら模様になっている。ユーロ圏では欧州中央銀行が2014年に銀行準備金にマイナス金利を導入した。金曜日の数値を見る限り、消費者物価は前年比0.4%しか上昇しておらず、これは目標よりもかなり低い。」
「しかし、今のところ。欧州のマイナス金利政策は、金融市場での破壊的な動きや、預金者の海外逃避といった状況にはつながっていない。このことが、中央銀行に更なる利下げを考慮することへの青信号を与えている。」
「『金融市場への反対的な影響は極めて限定的だ。』と米国連邦準備銀行のスタンレーフィッシャー氏は今月の講演の中で述べた。『現金保有高はこれらの国々ではそれ程伸びていない。その理由の一つは、現金を保有することに伴う保険、保管料、輸送料などが無視出来ない価格だからだ。』」
「マイナス金利がどこまでいけば、そのコストが現金を保有することを誘発するかは、誰も分からない。しかし、それはデンマークのマイナス0.75%やスウェーデンのマイナス1.1%よりさらに低い水準だろう。このマイナス金利を少額の預金者へ転嫁する銀行はまだ少ない。」
「マイナス金利はこれまでのところ強力な影響を与えることが証明されている。特に通貨価値を引き下げることによって、インフレと輸出を助長している。これは、ある程度他の国々の犠牲の下に実現されている。しかしこうした国々は金融緩和政策で対抗しようとする。」
「実際のところ、中国の人民元切り下げの決定は、成長を加速させるために金利を引下げる必要があるというのが理由の一つだ。人民元安は結果として日本などの貿易相手国に金融緩和策を取らせる圧力となった。」
「金曜日の発表で、シティーバンクのエコノミストは、欧州中央銀行、スウェーデン中央銀行、デンマーク中央銀行が、今後数ヶ月以内にさらに金利を引下げるだろうと予測した。また、『マクロ経済の状況が現在予測されているよりも弱ければ』カナダ、オーストラリア、ノルウェーそして中国の中央銀行さえもが、マイナス金利導入に踏み切るだろう。」
「米国連邦準備銀行は金利を上げたばかりで、マイナス金利には興味が無いだろう。しかし、再び金融緩和に動かねばならない状況になった場合には、そうした状況も変化するかもしれない。フィッシャー氏は米国の金融システムがマイナス金利導入の準備が出来ているかは明確では無いと言っている。このことが、突然のマイナス金利導入を困難にしている。」
「経済学者や政治家は、投資や民間の自信を助長する様な改革が伴わない限り、金融緩和政策だけでは継続的な成長を生まないと述べている。しかし改革には、痛みが伴い、長い期間が必要で、その間に社会が疲弊してしまうので、政治家はそうした改革を行おうとすると相当に苦労する。」
「インド中央銀行のラグラムラジャン総裁はスイスのダボスで開催された国際経済フォーラムで『多くの中央銀行が、毅然としてアクセルを踏み、沢山の新しい政策を実施したが、それが大きな効果を生んだかは疑わしい。』と述べた。」
「彼は、多くの国々が、景気を刺激するためにこれ以上金利を引下げることは出来ないし、金融緩和策もこれ以上は出来ないことに気づき始めたと述べた。」
「世界経済の成長予測は下方修正され、中国の様な国々の経済減速により金融市場が不安定になっている。こうした状況は、既に金融政策を限界まで推し進めてしまった中央銀行にとって更なる向かい風となる。」
「ノルディック銀行のアジア戦略トップのショーンヨコタ氏は、中央銀行はやれることをやりつくしたと述べた。」

Friday, January 29, 2016

日本はステルス機の試作機を公開した【A7面(国際面)】

1月29日、日本発のステルス機「心神」が公開されたというニュースを、同日の国際面で速報した。


日本では、このステルス機を賞賛し、戦闘機国産化も夢ではないとする論調が多いが、この記事では、心神は技術的に遅れていること、日本の狙いが戦闘機の国産化ではなく、他の同盟国との共同開発への参加にあるとしている。

***** 以下本文 *****

「日本はレーダーを潜り抜けることの出来るステルス機の第一号機を公開した。中国やロシアといった近隣諸国は、既に5年以上前からこうした装備を備えた戦闘機を持っているが、日本の今回の動きはこうした近隣諸国とのギャップを埋めようとするものだ。」
「日本は中国が南沙諸島に人工島を建設したり、北朝鮮が核実験をしたりといった近隣諸国からの脅威に晒されているが、日本の安倍晋三首相は、戦後の日本の軍隊に対する規制を緩和し、武器製造能力を強化しようとしている。」
「こうした動きの最近のものとして、防衛相はX2と呼ばれる航空機を公開した。それは、日本最大の兵器契約者である三菱重工の工場の厳重に警備された格納庫に保管されている。防衛相にによれば、早ければ2月中旬にも最初の試験飛行が予定されているとのことだ。」
「長さは46フィート、400億円(3億4千万ドル)の赤と白に塗られたX2は、通常のジェット戦闘機より小さい。軍備を装備していないし、エンジンも出力不足だ。評論家は、日本が本物の戦闘機を開発するまでには、まだ数年かかると言う。」
「しかし、それはポイントではない。自分自身の航空機の構築を目指すよりも、日本は米国や同盟国の戦闘機開発プロジェクトに国際的なパートナーシップを結ぶことによって参加したがっている様だ。同盟国はこうして非常に高価な兵器を開発している。米国、ロシア、中国といったステルス技術を持つ限られた国々の仲間に入ることにより、日本は何等かの形で貢献出来ることを示そうとしている。」
「『他のパートナーと同等の立場でプロジェクトに参加するためには、日本はパートナーにふさわしい能力、経験もしくは技術を示さねばならない。』と航空評論家のアオキヨシトモ氏は言う。」
「兵器の輸出制限を含む戦後の平和政策は、日本が、ロッキードマーチンのF35の開発につながる様な共同戦闘機開発のための国際的なパートナーシップに参加することを困難にしてきた。」
「安倍内閣は2014年に輸出禁止政策を緩和し、日本の武器産業の競争力を強化する努力をしてる。」
「木曜日の公開前のインタビューで防衛省防衛装備庁の購買プログラム担当のドイヒロフミ氏は、X2ステルスの特徴は、パイロットが搭乗するキャノピーへの特殊なコーティングやレーダー周波を吸収するカーボンファイバーで出来た素材だと述べた。」

日本がマイナス金利を採用【A1面】

1月29日の日銀によるマイナス金利の発表を同日の1面で取り上げた。


今回の日銀の予想外の動きを驚きを持って受け止めると同時に、日銀の政策の限界を示すものだとして、金融政策に頼った経済回復に疑問を呈している様に読める。

***** 以下本文 *****

「日本の中央銀行は金曜日に日本で初めてのマイナス金利を導入し市場を驚かせた。それは、日本経済を、過去20年間にわたって苦しめられてきた不景気にも戻すことを避けるための、いちかばちかの試みだ。」
「日本銀行による予想外の動きは、世界で起きている逆風に立ち向かおうという決意の表れだ。この逆風は、日本をデフレのふちに追いやり、価格の破壊的な落ち込みをもたらし、経済を弱体化させる危険がある。」
「しかし、それは日銀にとって残された政策がいかに少ないかも示している。日銀は既に80兆円(6,740億ドル)の資産を購入し、日本の巨大な国債市場の2/3が日銀の手中にある。日本の国債残高はGDPの230%に達し、いかなる主要国よるも多い。」
「3年間にわたる日銀による資産買取りの後、日本におけるインフレへの期待は萎えた。日銀は過去に例をみない金融緩和によって円安と株価上昇をもたらしたが、最近の市場の不安定さは、こうした日銀の成果をだいなしにしてしまう可能性がある。」
「米国連邦準備銀行は1ヶ月程前に金融引き締めを再開したが、日銀の今回の動きによって金利引き上げは控えることになるだろう。世界中の経済が苦しみと弱さを見せているからだ。」
「日銀の今回の動きは、欧州中央銀行が2014年に初めてマイナス金利を導入して以来、世界の主要銀行がマイナス金利を設定する2番目の事例となる。スウェーデン、デンマーク、スイスの中央銀行もマイナス金利を導入した。」
「米国連邦中央銀行は、日銀や欧州中央銀行の様にマイナス金利を設定するという動きにすぐに出るとは考えにくい。しかし、今週の動きにより、更なる金利引上げがすぐに行われる見通しは低くなった。」
「日銀の発表後円は2.1%も安くなり、1ドル121.33円となった。日経平均株価は、3%以上急上昇し、その後0/7%下げた。」
「マイナス金利政策は黒田総裁が得意とする市場に驚きをもたらす政策だ。彼は、最近日銀がマイナス金利を検討していることをしていた。」
「黒田氏は3年間にわたる攻撃的な量的緩和策は『期待した効果』をもたらしたが、目標としていた2%のインフラは実現出来なかったというこれまでの立場を維持した。」
「黒田氏は原油価格安が低いインフレの要因であるとし、エネルギー価格を除いた価格指標を彼の政策の成功の証拠として示した。しかし、国債買取政策はその量と効果の限界に達したとみられる。」
「メリルリンチ日本の金利戦略家であるオオサキシュウイチ氏はこの動きは日銀の『軌道修正』であり、量的緩和に代えて金利に焦点をあてるという決意が反映されたものだと述べた。」
(以下省略)

Wednesday, January 13, 2016

トヨタの社長は自動運転へと転換する【A1面】

トヨタ自動車が方向転換し、自動運転に力を注ぐという記事が、一面に掲載された。

日本語版に同じ記事があったので借用させて頂いた。
***** 以下本文 *****
2015年9月、トヨタ自動車・東京本社にある豊田章男社長のオフィスに3人の幹部が入った。3人には、トヨタも、無人運転の可能性も含む自動運転車を作るという目標を受け入れる必要があると考え、社長に抜本的な変化を求めようとしていた。カーレースの熱狂的ファンで、自らもハンドルやアクセルを操作するのが好きな豊田氏は長く抵抗してきた。
 3人は社長室で豊田社長と向き合った。参加者の1人は当時を振り返り、ミニカーやレース用ヘルメットが飾られた豊田氏のオフィスが、まるで10代の少年の部屋のようだったと話した。彼らは社長を説得するのに長時間を費やす覚悟だった。
 ただ、豊田氏はすでに考えを変えていた。
 参加者の1人によると、豊田氏は「何を難しく考えているのだ」と語った。「とにかく色んな人が、自由に移動できることが大事なのだ」
 北米国際自動車ショーが開かれているデトロイトでインタビューに応じた豊田氏は、自分自身の中に大きな考え方の変化があったと話した。この変化は1年以上前、格好良い自動車に乗りたがっているパラリンピックの選手たちと会った時に起こったという。同氏は心境の変化を公にしたのはそれから随分後のことだった。
 豊田氏は「トヨタにも自動運転に対する参加意義、それから参加する大きなリソースがあると思う」と語った。
 トヨタの創業者の孫である豊田氏の方針転換は業界革命の一翼を担うものだ。安価なガソリンや米国での記録的販売など、自動車会社の事業は好調さを示している。とはいえ、自動車メーカーにはテクノロジーの変化の波に飲みこまれかねないという不安がつきまとう。
 世界市場で一歩先んじようとする競争が繰り広げられる中、伝統的な自動車各社はソフトウエア会社が自動車の魂と収益性の両方を奪い取ってしまい、自分たちはスマートフォン(スマホ)を受託生産する中国の工場のような地位に追いやってしまうのではと恐れている。
 米グーグルの親会社アルファベットは自動運転車を開発中で、アップルは2019年までに電気自動車(EV)の出荷を開始する目標を設定したという。これらIT企業に加え、配車サービスの米ウーバー・テクノロジーズのような新興企業も未来の自動車に率先して向かっているのだ。
 米テスラ・モーターズなどが生産するEVの台頭は、内燃エンジンと長年蓄積されたエンジニアリング技術を脇に追いやることで、自動車産業の参入障壁を引き下げた。
 トヨタほどこの挑戦が克明に描き出されている企業はない。トヨタは販売台数でも利益でも世界最大の自動車メーカーだ。トヨタの販売台数は年間1000万台以上となり、純利益は2016年3月期に190億ドルになると見込まれている。
 ただ、同社の現旧幹部らによると、信頼性と生産能力という従来の強みの外の分野に競争の場が移っているという不安が、トヨタ内部でも徐々に強まってきたという。
 自動車排気系システム大手のフタバ産業に昨年異動するまでトヨタの役員を務めていた吉貴寛良氏は、「自分の土俵で勝負している限りは強くても、そこに対して全く別のところから思いもかけなかった形での参入者が来て、盤石だと思っていたゲームのルールが変わってしまう。そうすると、今まで古いゲームのルールで一番強かったところがすぐにやられてしまう」と話した。
 過去4年間、トヨタの経営陣はグーグルからの極秘の申し入れを断り、一部でタブー視されている「自動運転」という言葉をどう扱うか頭を悩ませてきた。
自動運転プロジェクトに関わった関係者らによると、社長をどう説得するかについて頭をひねらせたという。豊田氏はロボット運転に対する不信感を包み隠さなかったからだ。
 豊田氏は2014年、ドイツのニュルブルクリンクにあるサーキットコースで人間の運転する車を打ち負かすまでは、自動運転機能を備えた車を信用しないだろうと述べていた。同氏はそこで開催される24時間耐久レースに何度も参加している。
社長自らが方針転換を明確にした今、トヨタは次々とイニシアチブを打ち出している。10億ドル以上を投資して米シリコンバレーから優秀な人材を採用すると発表したほか、2020年までに高速道路を自動で運転する車を生産し、人工知能(AI)とロボット工学によって切り開かれた別のビジネス機会にも目を向ける計画を示している。
豊田氏はインタビューで、「自動車以外のビジネスに対しても出口はあると、期待を込めている」と述べた。
 グーグルで自動運転プロジェクトを率いていたセバスチャン・スラン氏は、トヨタの大規模投資が競合各社に同様の動きを促す可能性があると指摘。「これは他社の(自動運転車に対する)コミットメントを上回っている」とした上で、「今、あらゆる自動車メーカーの最高経営責任者(CEO)がそれについて語り、自動運転車に関する計画を立てる必要に迫られている。それがビジネス上の並外れた破壊力を持っているからだ」と述べた。スラン氏は現在、オンライン大学のユーダシティを率いている。
トヨタの危機 
 豊田社長の下でのトヨタは試練の連続だった。同氏の社長就任は世界的な景気後退の真っただ中で、トヨタが数十年ぶりの通年の赤字を発表した直後の2009年のことだった。一部の車が意図せずに急加速したという訴えを受けてリコール(回収・無償修理)を実施し、罰金と和解金として20億ドル以上を支払ってきた。その後、米当局はトヨタのソフトウエアに欠陥がなかったと指摘した。そして2011年には東日本大震災が発生し、生産ラインが一時停止に追い込まれた。 
 トヨタの現旧幹部らによると、リコールを含むこうした危機の時代を経たことで同社は法的責任に一段と神経質になり、自動運転車の積極的な開発に飛び込みにくい要因となった。
 一方、グーグルは2009年に独自の自動運転車プロジェクトを開始。スラン氏は「私たちは非主流派だったし、誰も真剣に捉えないと思っていた」と当時を振り返った。
世間の注目が高まったのは、カリフォルニア州とネバダ州が2012年に一部の自動運転車の公道実験を許可してからだ。当時トヨタの役員だった伊原保守氏など複数の関係者によると、グーグルが自動車制御での協力をトヨタに持ちかけたのは、その年の春だった。豊田氏はこの話を知らなかったと述べた。
 豊富なソフトウエア技術を持つグーグルは、加速やブレーキ、方向転換など、トヨタの持つ自動車の物理的な動きを制御するノウハウを欲していたという。グーグルはコメントの求めに応じなかった。
 グーグル本社を訪ねて試作車にも乗ったという伊原氏は「(グーグルが)なぜこれほど早くできたのかと思った」と話した。同氏は現在、アイシン精機の社長を務めている。
 日本では、トヨタのエンジニアと幹部がグーグルとの提携について議論していた。関係者によると、最終的にトヨタはこれを断ったが、その理由は情報を共有することへの不安があったほか、自動車がグーグルの基本ソフト(OS)向けの単なるハードウエアになってしまうのを懸念したためだ。
 その頃、自動車メーカーや部品大手が自動運転技術に言及する機会が増えるようになった。米ラスベガスで開催される家電見本市「コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)」は自動車メーカーの技術が披露される場となり、まずは自動車の「コネクティビティー(通信)」、そして自動運転車が発表された。
 一方でトヨタは、研究予算の一部を使い、技術者の一部で新たな運転技術の開発を目指していた。静岡県の東富士研究所では、エンジニアらは自動で駐車する技術に取り組んでいた。同社のエンジニアの鯉渕健氏は、何らかの自動運転機能が搭載された車を公道で走らせるということが当時では考えにくかったため、あえて会社の敷地外に試作車を持ち出さなかったと話した。
 トヨタは2012年ごろに、この技術を米ミシガン州の公道で実験し始めたと、関係者は話した。ただ、同社のエンジニアたちは豊田氏の情熱が別の方向に向かっているのを知っており、自動運転に対する会社の態度が明確にならない中で努力を重ねてきたという。
 豊田氏はしばしば、スマホに傾注する若者に運転への情熱を促したいと話していた。車に運転手がなければ、「Fun to Drive」というトヨタのキャッチコピーは意味を成さなくなる。
 当時トヨタ米国法人の幹部であったマーク・テンプリン氏は2013年のCESで、「私たちのビジョンにあるのは必ずしも自動で運転する車ではなく、安全運転に貢献するスキルを持つ、知性的で常に注意を払ってくれる運転補助(機能)を搭載した車なのだ」と語った。同氏はCESで自律走行機能を搭載した安全研究車「AARV」を公開した。
 2014年1月、トヨタは派手な宣伝もなく、鯉渕氏を筆頭にした自動運転車の専門チームを立ち上げた。
2014年1月、トヨタは派手な宣伝もなく、鯉渕氏を筆頭にした自動運転車の専門チームを立ち上げた。
 しかし、チーム名には「自動運転」という言葉は入らなかった。「自動運転」が「無人運転」と同一視されることへの抵抗が社内であり、また会社のキャッチコピーに反するように捉えられたくなかったためだと関係者は述べた。トヨタは鯉渕氏のチームを「BR(ビジネス・リフォーム)高度知能化運転支援開発室」と呼んだ。
 グーグルは2014年5月、自動運転車の新たな試作車を公開した。カリフォルニア州の公道でこの試作車を目撃する機会が増え、同社は現実世界で自動運転車を走らせる経験を積み重ねていた。
 その頃、鯉渕氏はトヨタ本社で約20人の役員を前に自分の意見を述べる機会を得た。そこに豊田氏はいなかった。鯉渕氏は役員らに対し、トヨタが直面する挑戦はこれまでに経験したことのないものだと話したという。自動運転車を走らせるには高度な地図やAI、画像認識技術が必要になる。
 トヨタはブレーキやハンドル、バックミラーなどを生産する巨大なネットワークを持っているが、鯉渕氏はこうした伝統的なサプライヤーだけでは十分でなくなるだろうと幹部らに説明。同氏は「IT業界が入ってきているし、必ずしも従来の自動車メーカーが得意としない(競争環境の)領域に入っているので戦い方が違うことを、役員に理解してもらえた」と述べた。その後、チームの人員と予算は増えたという。
 トヨタの外では、自動運転車に関する話題が盛り上がりを見せていた。日産自動車のカルロス・ゴーンCEOは2014年7月、市街地の交差点も走れる自動運転車を2020年までに導入する計画を明かした。高級車「メルセデス・ベンツ」で知られる独ダイムラーは2015年1月、車内が会議室のような自動運転機能を搭載したコンセプトカーを披露した。
心境の変化 
 自動運転に対するトヨタの態度については、社内外で疑問があがっていた。報道陣はグーグルに大きな後れを取っているように見える理由を同社に求めた。当時、トヨタの幹部は、研究が同様に進んでいると考えていると述べる一方、この技術は運転手に代わる技術ではなく、運転手を支援する技術があるという、豊田氏も受け入れられるような答えを述べていた。
 豊田氏は積極的に現場と接触を図っているものの、最前線からの情報が自分になかなか上がってこない時があると指摘。「上がってきた時には遅い情報という意識がものすごく強い」と話した。
鯉渕氏によると、同氏が率いるチームが行っている取り組みなどを外部に知らせる方法を広報チームとまず相談し始めた。そして、自動運転技術が活用されるべき分野を限定すべきではないことを話した。
 最終的に、3人の幹部がこの問題を社長に進言することを決めた。鯉渕氏と、技術開発本部本部長の伊勢清貴氏、広報部長の橋本博氏だ。豊田氏がすでに考えを変えていたと聞いて3人は驚いたが、豊田氏によると、この会合がトヨタの転換点となり、「そのおかげで(様々な動きや発表が)非常に早まった」という。
 豊田氏は2014年にパラリンピックの選手たちと会ってから心境に変化が生じたと話した。選手たちは、障害者が簡単に乗車したり、操縦できるように設計されただけの車に乗りたくないと豊田氏に話していたのだ。
 豊田氏はお気に入りのスローガンが従業員の一部を混乱させたかもしれないと認めた。「Fun to driveというのは、ものすごく多様的に考えていく必要性がある」ことに気付いたと述べた上で、それでもこの目標を断念したくないと付け加えた。同氏は自動運転車について、究極的に交通事故を削減するべきだとも話した。
トヨタの公のスタンスが変わるのは速かった。11月にはAIを研究するシリコンバレーの新施設に10億ドルを投入すると発表。この研究施設を率いるのは米国防総省の高等研究機関でロボット工学分野のマネジャーを務めたギル・プラット氏だ。
 また、グーグル・ロボティクスの元責任者も、トヨタが新研究施設で採用する予定の200人の研究者の中の1人として採用した。さらに、同社は「ディープラーニング(深層学習)」を手がける東京のベンチャー企業に800万ドルを投資。鯉渕氏によると、トヨタで自動運転技術を研究しているのは東富士研究所で約70人、シリコンバレーでさらに100人ほどいる。
 豊田氏は自動運転であろうがなかろうが、車は自由を提供すべきだと話した。
 「ドライバーにフリーダム(自由)を与える、そして(ユーザーから)愛というものを与えられる移動手段であることは、絶対に失ってはいけない自動車のエレメント(要素)だと思う」
【訂正】第1段落の「役員」を「幹部」に、第14段落の吉貴氏の肩書きを「役員」に、第21段落の「通年で初めての赤字」を「数十年ぶりの通年の赤字」にそれぞれ訂正します。また第46段落の「同氏」を削除します。